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一度想像してみてもらいたい。
思春期真っ盛りの健全な青少年に対して、意中の人間から性的な話題をふられた場合、どのような反応を示すのかを。

『ユーリとエッチしといたほうが良かったかなぁ』

その言葉は延々とオレの頭の中を駆け巡り続け、すべての喧騒からオレの思考を切り離した。
身体と思考が切り離されたオレの身体は黙々と6分間練習に打ち込む。オレの滑走順は後半グループの一番滑走だ。6分間練習で体力を使い過ぎると演技に影響が出る。特に体力面で他の選手に劣るオレはその点に十二分に気をつけなければならない。

身体はこの後に控えている演技のためにジャンプ、スピン、ステップを軽く流しながら確認する。その一方で身体と切り離され静寂の中に放り込まれたオレの思考は荒ぶっていた。

何をどう受け止めたらいいのか分からない。
ヴィクトルの言葉を聞いた途端、全身から血の気が引いた。自分が何と答えたのかすら記憶にない。
ただとにかく逃げるようにその場を後にし、こうしてリンク内をグルグル…グルグル…グルグル…周っている。

スケーターとしてのオレが言う。「試合前にセックスとかありえねぇだろ!馬鹿かっ」
オレはまだ経験もないしヤコフから注意を受けたこともないが知識としては知っている。試合前にセックスなんて一流選手であればあるほど有り得ない!
あらゆるアスリートも大切な試合前は禁欲を実践している。これは気持ち的な問題だけではなく、科学的にも理由があるのだ。
射精によって男性ホルモンのテストステロンが放出されてしまうのを防ぐのがその理由だ。テストステロンとは男性ホルモンの一種で、たんぱく質の合成を助けて筋力と筋肉を増強させ、闘争心を駆り立てる作用がある。つまり、パフォーマンスの向上には欠かせないものなのだ。
大体、射精によって「亜鉛」やアミノ酸の一種「アルギニン」という大切な栄養まで失ってしまうのだから、ヴィクトルなんて絶対しない方が身のためだ。

『ユーリとエッチしといたほうが良かったかなぁ』

いやまて、そういえば禁欲否定論も存在してたな…。
オレは賛成派だからここしばらく大会に合わせてヌいてないけど、ヴィクトルのやつもそうなんだと思ってたのに…。

『ユーリとエッチしといたほうが良かったかなぁ』

そいえばバレエの講師がいってたっけ。セックスしたかどうか、後ろ姿を見ただけで分かるって。

『ユーリとエッチしといたほうが良かったかなぁ』

っていうかさ…、どっちがどっちなんだよ。
お前がカツ丼を抱くのか?
カツ丼がお前を抱くのか?

『ユーリとエッチしといたほうが良かったかなぁ』

ダメだ!!鎮まれオレ!まずいまずいまずいまずい…!!!

無意識にオレの視線がアイツのケツを追い始める。
長谷津の温泉でだって、練習後のシャワールームでだってヴィクトルの裸など散々見てきた。なのに何でだよっ

(衣装着てる姿の方がエロいなんて、有り得ねぇだろ!!勘弁してくれッ)

選手紹介で名前がコールされたってオレの耳には何も届かない。

『ユーリとエッチしといたほうが良かったかなぁ』

ヴィクトルがどういう認識でいるのかは知らないが、カツ丼はアイツを抱きたいと思っているはずだ!
だってオレと同じはずだから。
同じ目でヴィクトルを見ていたはずだから。

『ユーリとエッチしといたほうが良かったかなぁ』

気が付けば6分間練習が終わり、オレが追いかけていたケツがリンクサイドに引っ込んで行く。
そして寂しげに手を振り、オレに「ユリオ、ダバーイ」と声をかけてくるのだ。

オレはそのヴィクトルの表情を前にも見たことがある。GPFでオレを抱きしめた時のアイツの顔だ!!

グッと両手に力が入る。
心と身体が一つになっていくのを感じ、オレは一つ息を吐き、フェンス越しにオレを見守るヤコフとリリアに「行ってくる」と男らしく潔く告げた。

好きなやつに無様な姿を見せたくないのはオレも同じだ。

だがそんなオレの出鼻をくじくように、観客席から耳慣れた声が「ユリオ~、ダバーイ!!」と!!

(なにが「ダバーイ!!」だ、豚野郎ぉおおお)

迷う事なく声の発生源を睨みつけ、指をさす。無言の宣戦布告だ。

立ち位置にたったオレに合わせ、ほどなくして「愛について~Agape~」が流れ出した。



あーーークソ!全然アガペーって気分じゃねぇよ!
カツ丼のやつ、この大切な時期に試合観戦なんかに来やがって!下心が丸見えなんだよッ

『あーあー、ユーリとエッチしたかったなぁ~』゚+。*(*´♡`*)*。+゚

黙れヴィクトル!!
まだオレは失恋とか認めてねぇからな!!!
誰が認めるかよ、クソがぁあああーーー


あ…力みすぎて後半のジャンプ抜けた…


こうしてヴィクトルの歴代最高得点を塗り替えた、オレ渾身のSPはヨーロッパ選手権において不発に終わった。
おまけに大会が終わってみれば金銀はいつもの並びになっている。

金メダルは復帰後まさかのヴィクトル・ニキフォロフ
銀メダルはクリストフ・ジャコメッティ
そして銅メダルはオレ、ユーリ・プリセツキー

会場は皇帝の帰還に大いに沸き返り、表彰式が終わった後も会場が静まることはなかった。
だがそれも当然のことといえよう。このオレでさえ訳の分からない感動に包まれているのだから…。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


ロシアナショナルでは復帰初戦ということもあり、ヴィクトルの滑りにも修正を加えた昔のプログラムがどこまで評価されるのかを確認するような慎重さがあった。
だがロシアナショナルの結果を受け、今回のヨーロッパ選手権でヴィクトルはプログラムにさらなる改変を加え点数を伸ばしてきたのだ。

手持ちの武器は昨シーズンと同じはずなのに。
ベースは5年前のプログラムだというのに。
衣装だって去年のエキシで使用した既出のものだというのに。
そこにいるヴィクトルはまるで別人だった。

ヴィクトルの滑りが変わったのだ。

内訳だけを見てみれば、技術点は昨シーズンに比べて点数が低かったが、それをカバーする演技構成点で圧巻の滑りを見せた。
このパターン、どこかで最近も見たことがあるぞコノ野郎!カツ丼だ!!!

しかしこの際、そんなことはどうでもいい。
ヨーロッパ選手権でヴィクトルが見せた滑りは、今までのそれとは明らかに違っていたのだ。

これではまるで「新生ヴィクトル・ニキフォロフ」だ。オレはそう思った。だがヴィクトルを昔から知る人間は別の見解を示した。

「まるで昔のヴィクトルを見ている見たいだ…」

オレはてっきり、使っている音楽が5年前のワールド連覇の最初の年のものだったから、その言葉が出たのだと思った。
当然の話だが、12歳年の離れたオレはヴィクトルのジュニア時代など知るはずもない。「天使」と呼ばれていたジュニア時代のヴィクトルのことは写真などで目にする機会はあったが、積極的にその演技を見たこともなかった。
だってジュニア時代だぜ?どう考えたって見るなら今のヴィクトルだろ!

ヴィクトルは完璧だ。
確かな技術力に裏付けされたジャンプにスピンにステップ。技と技の繋ぎだって加点をバンバン叩き出す。そしてその表現力と美しさ。ヴィクトルにしか体現できないあの世界観。
参考にするなら断然シニアのヴィクトルだ!

だが会場にいる古くからヴィクトルを知る人間はこぞってジュニア時代からシニア初期の頃のヴィクトルを引き合いに出し、浮き足立っていた。

同じリンクで練習していたオレだったが、正直、今回のヴィクトルは練習中のヴィクトルとも、ロシアナショナルの時のヴィクトルとも違って見えた。
初めて見るヴィクトルだった。
いや、もしかしたら本来はこれこそが「ヴィクトル・ニキフォロフ」なのかもしれない。

オレが同じリンクでヴィクトルと練習していた頃には、ヴィクトルは既にイマジネーションを枯渇させ瀕死の状態だったのだ…。
ただただ今まで培って来た財産だけでリンクの上を滑っていたに過ぎなかったのだ。

それだけに新生ヴィクトル・ニキフォロフの滑りは衝撃だった。

(なんだこれ…)

誰かの滑る姿を見て、こんなにドキドキしたのはいつ以来だろう。

(あぁ、そうだ。初めてアンタの演技を見たときも同じ気持ちだった)

でも今回のはあの時よりも、ずっともっとワクワクして、見ているだけで胸を掴まれる。目が離せない!

28歳の演技とはとても思えない世界がそこには広がっていた。
自分が子供の頃この演技を見てたら、間違いなくカツ丼のようにヴィクトルに恋をしていただろう…そう思わせる滑りだった。



すべてが終わり表彰台の上で「現役復帰して早々にこれじゃあ、ワールドも大変そう」とボヤいていたスイスのクリストフ・ジャコメッティは古くからヴィクトルのファンだったと聞く。
今でこそ表彰台のトップを争う二人だが、クリストフの表情は夢見る乙女のように熱を孕み、その視線は金メダルにキスするヴィクトルへと一心に向けられていた。
会場にいる観客も年齢によって二つの反応に別れている。
みなヴィクトルを祝福してはいるが、そこに見ているものは全く違っていた。

一方オレは…といえば、表彰式が終わり、記念撮影に移ってもオレの頭はうまく回らないでいた。自分の首に掛かっている銅メダルに対しても、いまは何も考えられない。

現役復帰して早々にヴィクトルに2連敗だ。
とはいえオレだって馬鹿じゃない。約9ヶ月のブランクがあるとはいえ、元々の技術力と表現力を考慮すれば、オレがヴィクトルに勝つためにはショート・フリー共にあのGPFを超える演技をする必要があることくらい初めから分かっていた。
わかった上で「ヴィクトル越え」を宣言していたのだ。
なのにあんなものを見せられてしまったら、もう何も言えない。

自分が更新したショートの歴代最高得点を、今のヴィクトルならワールドで超えてくるかもしれない…そんな予感さえするのだ。
そしてその光景がありありと眼に浮かんでしまうのだから、オレも大概「ヴィクトル・ニキフォロフ」という男に洗脳されている。

インタビューを終え、荷物をまとめ帰り支度をする段になってもオレが無言で銅メダルを弄っていたら、ヴィクトルが声をかけて来た。だがこのパターンはお説教タイムであることをオレは知っている。

「うるせぇよ、ほっとけ」
「まだ何もいってないだろ?」
「ステップとジャンプのミスだろ。ヤコフにもいわれて分かってんだよ…」
「そう、ならいいけど。ユリオは元気ないね。また俺に負けて悔しかった?」

「悔しがることは良いことだよ。次に繋がるからね」とのたまうヴィクトルは、もうオレが知っているいつものヴィクトルだ。なのにオレはヴィクトルに気楽に声をかけられない。

ヴィクトルに対するライバル心と憧れと恋心。
新しいヴィクトルへの興奮と戸惑い。
オレの中に新たに湧き上がった分類不明の感情…。

色々なものが込上げて、気が付いたらオレは、息をするようにカツ丼に八つ当たりしていた。

「なにヤコフの隣で関係者面して入り込んでんだよ!」
「いや、ヴィクトルとユリオに直接おめでとうっていいたくてさ…」

カツ丼の心底嬉しそうな顔を見て、新たな苛立ちがこみ上げる。
これは分かる「怒り」だ!

『あーあー、ユーリとエッチしたかったなぁ~』゚+。*(*´♡`*)*。+゚

全然進んでねぇと思ってたのに!!
思いつく限り阻止してやったのに!!

オレをほっぽってヴィクトルと金メダルの喜びを分かち合い始めたカツ丼の、ガラ空きになったケツに蹴りを一発食らわせる。

「いた!!ちょ…なにすんのさ、ユリオーーー」
「おい、カツ丼!また家に帰ったらヨロシクなぁ」

黒い笑みとともに告げてやれば、心底驚いた顔をして「え!?戻ってくるつもりなの!!?」といいやがった!

「ったりめーだろ!誰が二人っきりになんてするかよッ」


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