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若ヴィクへの思いが断ち切れない勇利はヨーロッパ選手権のあの日から、夜毎おのれの欲望に忠実な夜を過ごしていた。

自分より小さく若く美しく非力なヴィクトルをオカズにすることになんの罪悪感もなくなった頃、四大陸選手権がやってきた。

四大陸選手権SPの結果を受け、察しのいいヴィクトルは勇利の自堕落な夜の営みを察知し糾弾する。しかし無情にも夜毎失われ続けた勇利のテストステロンや亜鉛、アルギニンという大切な栄養素は戻ってこない。

「俺はそんなところまでコーチしなきゃいけないのかい?」

ヴィクトルの冷たい視線に現実に引き戻された勇利は気持ちも新たに世界選手権へ向け、己に禁欲を課すのであった…!!



・:*三☆・:*三☆・:*三☆

※未読の方はキャプションのあらすじをご覧下さい。


世界選手権。
ヴィクトルは世界の期待を裏切らず6連覇を果たした。誰もが驚きつつ、しかし誰もが納得する結果だった。ヴィクトルはやっぱり最高だ!
そして僕は銀メダル!信じられない…こんなことが起こるなんて!
僕の下にいるユリオは心底悔しそうだったけど、ヴィクトルとやってきたことが間違いじゃなかったと証明された瞬間だった。

「ユーリ、嬉しそうだね。銀メダルなのに…」
「うん。だって僕が世界選手権で銀メダルを獲るなんて、去年の僕からじゃ考えられないよ。きっと誰も予想してなかった。夢みたいだ…っ」

表彰台の上で自身の世界選手権6連覇を喜びつつも、ヴィクトルはコーチとしては不満の残る結果だったらしい。キスクラ説教タイムもいつものようにあったし、SPではパーソナルベストを更新したが、FSの得点は僕がGPFで叩き出した歴代最高得点には10点近く及ばなかった。
復帰後初の世界選手権とあって、ヴィクトルの総合得点も去年のものと比べれば、これまた10点近く低くなっている。

それでもSPでユリオに更新されてしまったSP歴代最高得点を塗り替えてくるあたり…さすがヴィクトルとしか言いようがない。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


四大陸選手権。
金メダルはJJに取られ、僕はまたしても銀メダルを首から下げていた。銅メダルはユリオの友人のオタベック。
まぁ、下馬評どうりというか、なんというか…。
ちなみに、ハッキリ言っておくが、僕が仮に禁欲していたとしても四大陸でJJに勝てたかどうかは分からない。なぜなら勝敗を左右するのは成功率の低い4回転フリップだからだ。

禁欲したからといって4回転フリップが飛べるというわけでもないだろう。ヴィクトルだってそれが分かっていたから、キスクラ説教タイムでも敗因の一つに禁欲しなかったことを上げなかったのだ。
それにあくまで本番は世界選手権。

僕たちはこの結果を受け、4回転フリップの改善に全力で取り組んだ。
四大陸の時点で僕の4回転フリップの成功率は30%まであがっていたのだから、あと1ヶ月の追い込みで45%までは行くだろうとヴィクトルは見込んだのだ。

正直、いまさら僕の技術面をとやかく言っても始まらないのだが、実際問題として僕のジャンプは質が良くない。この点は4回転時代を生き抜くスケーターとしては致命的と言えるだろう。ハッキリ言ってしまえば、僕の4回転はどのジャンプを取っても基礎点のみで加点がつかないのだ。
一方、JJやユリオは…というと、4回転を飛べば必ず加点がつく。特に分かりやすいのはユリオだ。
諸岡アナの解説時の言葉からも分かるように、ユリオのジャンプは高さと流れのある美しいジャンプで飛べば必ず加点がつく。しかも片手を上げるという独創性を取り入れたコンビネーションまでつけてくるのだから、GOEはジャンプに関しては基礎点に+3される。加えてその質の良い四回転ジャンプを後半に集中して持ってくるのだから、基礎点が1.1倍になり、GOE+3と合わせるとユリオが何の苦もなく飛んでいるあのジャンプ達がどれほどの点数を叩き出しているのかがわかるだろう。

結論からいおう。
僕が四回転フリップを後半に成功させたとしても、GOE+0のため得点は13.53だ。
一方ユリオが四回転トーウループを前半に飛んだ場合、前半にもかかわらず基礎点10.30にGOE+3の合計13.3点をもぎ取っていく。

事の重大さがお分かりいただけるだろうか?
前半にトウループ単独で13.3点をユリオはもぎ取っていくのだ。

もっと言おう。
僕が後半に四回転トウループを飛んだとしよう。僕だってクリーンに決まればGOEが付く。ただし+1点がいいところだ。得点は12.33点。
一方ユリオがトウループでこの得点を上回るために「いつ」「どこで」ジャンプを飛べばいいのか…。

前半にトウループを飛べばユリオの場合は、基礎点10.3にGOE+3の合計13.3点を叩き出す。

いま引き合いに出したのはすべて単独のジャンプだ。試合中はこれにコンビネーションを交え、ユリオはどんどん得点を伸ばしていく。

そんな絶望した顔しないでくれないかな…。僕、今回ユリオを抑えて銀メダルだよ!??
すごくない!??
この時点で凄くない!??

あの去年のボロ負けだった僕が!世界選手権で銀メダルだよ!?
もっと喜んでよ!

ヴィクトルとの特訓によって、僕の四回転フリップは成功率が上がり今大会ではSP・FSともに成功。ジャンプのみの得点ならユリオに負けてるけど、フィギュアスケートはジャンプだけじゃないんだよ。ヴィクトルだっていってただろ!プログラムコンポーネンツで得点を稼ぐのが僕の戦い方だって!

フィギュアスケートはね、ジャンプ・スピン・ステップからなる構成要素を使って、自分の選んだ音楽の曲想を表現する競技なんだよ。トップスケーターともなれば、4回転ルッツやフリップ、ループと、高難度のジャンプを飛ぶ選手が多くなるけど、ジャンプ以外の要素を取りこぼさないことが勝利への鍵なんだ。
スピン、ステップや表現力。他の要素も優れていれば大きな武器になる。

ジャンプの技術を今更飛躍的に高めることはできないけれど、だからこそヴィクトルは僕の可能性に賭けてくれたんだ。

『俺が勇利に惹かれたのは音楽さ。その身体が奏でるようなスケーティングそのものだ。
それを生かした高難度のプログラムを作りたい。俺にしか出来ない、そう直感したんだ』

そしてヴィクトルは僕に四回転フリップという最終兵器までくれた。
ジャンプが冴えない僕だけど、他のどのジャンプを飛ぶより後半に飛べば基礎点だけでも僕にとって大きな武器になる。
おかげで世界選手権では4回転フリップを成功させ、僕はユリオに競り勝った。
そりゃもちろん、GOE+3を叩き出したヴィクトルの4回転フリップに比べれば、基礎点なしの僕の4回転フリップは精彩を欠いたことだろうけど…。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


今シーズンの世界選手権は、得点だけを見れば昨シーズン程のハイレベルな戦いは見られなかったかもしれない。だけど今シーズンの世界選手権にはドラマがあった。
きっと世界選手権の長い歴史の中でも、これほどのドラマがあった年はないだろう。

リビンクレジェンドの復活と、世界選手権6連覇の偉業達成。
引退間近の冴えない日本のスケーターの快進撃。
鮮烈なシニアデビューと共に世界選手権3位の座に輝いた新時代の到来を予感させる若き才能。

何もかもがドラマチックで、すべてが輝いていた。
こうして僕のスケート人生で最も濃密で、最も熱いシーズンが幕を閉じた。あとはアイスショーに参加したり、イベントに呼ばれたりしながら、少しずつオフシーズンへと移行していく。
ヴィクトルは国別対抗の国際大会があるから、この後も一カ月間は気が抜けないだろうが、「新生ヴィクトル・ニキフォロフ」に沸き立つ世界は、きっと彼を放っておかないだろうから、氷を降りてもオフシーズンはすべて陸上での仕事で吹っ飛ぶのかもしない。

ちなみに今大会4位だったクリスは、この後、即オフシーズン入りするのだと語っていた。
さしものスロースターターも今年の激戦にはシーズン前半からギアが入り、気力体力ともに消耗し、世界選手権にピークを持ってこれなかったらしい。きっとヴィクトルに振り回されて一番被害をこうむったのは彼だろう。

「老体にこの激戦はキツイよ。もう南国で疲れた身体を癒してくる」

とか僕に零していたのと同じ口で、彼がヴィクトルに抱き付きながら「お帰り、僕のミューズ」と言っていたのを僕は忘れない。
それ僕の婚約者!
それ僕のヴィクトル!!
それ僕の神様だから!!!

そして忘れてはいけない今シーズン注目株だったJJは、予想外なことに四大陸選手権がピークだったらしく今年の世界選手権では失速し300点超えはしたもののクリスに届かず5位に終わった。
そんな彼にヴィクトルは直接声をかけることはなかったけれど思うところがあるらしい。GPFの時同様、唇に手を当てながら黙ってJJの演技を見守っていたのだが、

「彼はこの先苦労するだろうね。いまの調整の仕方じゃ、シリーズ後半までモチベーションを保つ事はできない。試合にも緩急をつけないと。
まぁ、性格的に難しいんだろうけどね。だからこそ苦労する」

…と初めてJJについて評価していた。
ほとんど接点がなく、また年齢も4歳離れておりキャラ的にも仲良くなれそうもない僕だったが、同じ大会を戦い彼の実力だけは知っていたので少しばかり老婆心というやつが湧きそうになったが、彼には家族や素敵な恋人。そして彼を応援するたくさんのファンがいる。放っておいても彼なら持ち直してくるだろう。
それになにより、僕は四大陸でJJに金メダルを取られ銀メダルに終わっている。僕に応援や心配などされずとも彼は金メダルを獲れる男なのだ。

僕は人の心配よりも、まず自分の心配をするべきだ。

世界選手権でも銀メダルに終わってしまった僕に、ヴィクトルが例の表情をまったく読ませない貼り着いた笑顔で迫ってくる。

「ユーリ、これで銀メダル何個目?ユーリはもしかして銀メダルが好きなのかな?ふふふ」

いつものようにマッカチンティッシュも健在で、笑顔で僕をディスってくるヴィクトルにたまらず僕は叫ぶ。

「次のシーズンが本番だから!!」
「だよねー、だって来シーズンはオリンピックだもんねぇ」

そうなのだ…。来シーズン、オリンピックが僕たちの元にやってくる!

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