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ディルケイで転生後のお話し
転生後のケイネス殿と巡り合った。その姿は大学のテニスサークルにあり、俺は驚きに両の目を見開き、バカみたいに口をポカン…と開けてフェンスを握り締めて固まっていた。
(運動…できたんだ…)
似合わない…と思った。だがテニスに勤しむケイネス殿は、なんというか、凄く眩しかった。
どうしよう…。
胸のドキドキが、止まらない。
中高と陸上部だった俺。もちろん大学でも陸上部だ。
でもいま、俺はテニスサークルにいる。新入生として!
目の前にはケイネス殿がいてコートの中で黄色い硬式ボールを追いかけている。
自分でも自分が何をしているのかワケが分からないくらいには混乱している自覚がある。
陸上部をほっぽりだして、あの翌日にはテニスサークルに入部届けを叩きつけていたのだから、相当混乱している。
でも、だって…
(ケイネス殿がテニスウェア着て走ってる!!!)
俺の感想はただ一つ。
走れたんですねケイネス殿!!
ベンチに座りひたすら驚いていた。
本当に走っている。走り回っている!初めてその姿をフェンス越しに見たとき、運動していることに驚いて思考が完全に吹っ飛んでしまい現実をうまく理解できなかった。
そんなわけで、俺はケイネス殿が友人との練習試合を終えてタオルで汗をぬぐいながら爽やかな笑顔で話しかけてくるまで固まって動けなかった。
「テニスに興味があるのか?良かったら見学だけでもしていかないか」
純白の見るからに柔らかそうなタオルを肩にかけ、笑顔で話しかけてくるケイネス殿は二回生で俺より一つ上だった。
そして部長だった!
二回生にして部長なのだから、そりゃあ強い!なんでも中高とテニス部所属で全国レベルなのだそうだ!
もう、本当に、ワケがわからない。
ワケが分からないなりに俺はケイネス殿に誘われるがままにテニスサークルを見学し、また新たな発見をした。
ケイネス殿は爽やかな好青年だったのだ…。
見学中、俺は一度も嫌味を言われなかった。それどころか俺の不躾な視線にも、挙動不審な様子にも、笑いながら「どうしたんだ?」と尋ねてくれるほどだった。
(これは…いったい…なんの冗談なんだ)
もう、ほんと、わけがわからない…。
「うわぁああああ!!!!」
入部後、何度目かの発作に見舞われ頭を抱えて苦しむ俺。
現実が余りにも、余りにもな展開で!!つい!!
「ケイネス部長〜!またディルムッドが頭抱えて叫んでまーす」
たった一日でもはやお馴染みとなった光景に、練習試合を終えたケイネス殿は笑いながらこういった。
「単なる発作だ。ほっといても大丈夫だ」
誰のせいですか、誰の!!
季節外れの新入生な俺は、いまが大会の季節なのだと全く知らなかった。
否、そうではない。
正確にはケイネス殿のことで手一杯で周りがまったく見えていなかったのだ。
テニスサークルの部長で、全国レベルのプレイヤーで、爽やかな笑顔のケイネス先輩。彼は練習そっちのけで自分を凝視し、ときに奇声を発し発作を起こす俺に対し、未だに嫌味の一つも言ってこない。
嫌味もないし、イジメのようなしごきもない。
あ、ちなみに俺が入部して一週間になるが、俺と同じ季節外れの新入部員がすでに20人ほどやってきている。そして今日だけで既に五人から告白されている。
それから陸上部の先輩から無断欠席に対する怒りの呼び出しコールが今日だけで20回あったが、俺はそれどころではないので全部無視している。
いまはそれどころではないのだ!
爽やか好青年なケイネス部長は、よく発作を起こす俺に声をかけてくれる。そしてとうとう休憩中などに個人的な話が出来るほどになったのだ!!
「そんなに君の知り合いに似ているのかね」
「はい!ソックリです。でも彼は…その、運動とは無縁な存在で…。だから先輩がテニスをしていて死ぬほど驚きました!」
前世の記憶持ちな俺と違い、ケイネス殿は記憶がないらしい。だからこその好青年っぷりなのだろう!
(いい!すごくイイ!)
テニスウェアに身を包み、健康的にスポーツに汗を流すケイネス殿は最高だった。なにより俺に対して優しい!
ちょっとした事でもクスクス笑ったりするその素直なところが、またいい!
記憶がないだけでこうも違うものなのか!?
今なら云えるような気がする。貴方の事が好きなんです…と!
あぁ、なんて幸せなんだ!!
…と思っていたらケイネス殿のスマフォがポケットの中で鳴り響いた。
そして聞き捨てならない言葉が耳を掠める。
「ちっ…ソラウか」
「え…?」
いま、なんと仰いました、主。
私のこの耳が確かなら、呪われし名を口にされませんでしたか??
固まる俺。
苛立たしげに電話に出るケイネス…せんぱい??
「もしもし、私だが。なんの用かな、君が電話をかけてくるなんて、珍しいじゃあないかソラウ」
幸せが…。
俺の幸せが終わったような気がした。
「ソラウって誰ですか…」
時は20時、場所は大学近くのスポーツバー。
シリアスな話をするには、いささか相応しくないが、致し方あるまい。しがない学生の俺がケイネス殿を誘える場所など限られている。
それに、もし最悪の事態になったとしても、ここなら人がいる。あらゆる意味で誤ちは起きないはずだ!
電話のあと、俺は幸せの青い鳥が翼を羽ばたかせ飛び去って行く音を聞いた。しかし同時に別のものもシッカリ耳にしていた。
『ちっ…ソラウか』
『ちっ…』
『ちっ』
舌打ちだ。これは間違いなく舌打ちだ!!
つまり『ソラウ』とは、好青年ケイネスに舌打ちされる存在なのだ!
ま、俺からしてみれば前世の段階ですでに舌打ちモノだったが…チッ。
で、話は冒頭に戻るわけだ。
二人が現在どのような関係にあるのか、まずは見極める必要がある。迂闊に現世のソラウに遭って、また前世のようになっては目も当てられない!
「ソラウさんは、ケイネス先輩の…こ、こ」
こいびと?
こんやくしゃ?
こんにゃく?
こんごうりきしぞう?
こうごうせい…こうかんしゅ…
「こ」から先は恐ろしくて口に出せない。舌打ちがあったとしても、なお前世のトラウマがこの俺を苦しめる!
そんな俺の苦悩など露ほども知らないケイネス殿は妙に言葉を濁してくる。
「ソラウは…その…」
「なんなんですか?」
苛々し始めた俺はつい詰問調になってケイネス殿に詰め寄ってしまう。するとケイネス殿は身を引き、さらに言葉を濁し始める。
この時「まさか…」と俺は思った。
ケイネス殿の様子が過去の姿に重なったのだ。
彼女のことで困ったことがあると、ケイネス殿はまさにこんな感じの対応をしていたような…。
(記憶はないはずだ…)
なのに、なぜ過去の彼と同じような行動を?
「何かある」俺の本能がそう告げていた。
俺は殊更明るい笑みを浮かべケイネス先輩へ謝罪の言葉を述べ、この場を収めることにした。
本人の口から聴けないのなら、調べれば済む事だ。
さて、この人は俺に何を隠しているのか…。
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