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「恋ってムヅカシイ…」って高杉さんちの晋助くんが思うお話。
「アイツのことが好きなら、なんで好かれるように努力しねーんだよ」
そう高杉のやつが、至極まっとうな意見をオレに寄越したのは、オレとヅラの会話が終わりヅラが立ち去ったあとだった。
オレは高杉のその言葉を聞いて、「なるほど」と納得することしきりだ。なぜなら高杉は松陽のことが好きで、松陽の前ではひたすら「いい子」でいるのだ。
勉学にも剣術にも真面目に取り組み、これがあの可愛げのない道場破りの成れの果てかと、その変貌ぶりに呆れるほどだ。
しかしこうなる前兆は前々からあったので、オレは高杉に対してそのことを表立って揶揄ったことは一度もないし、きっとこれからも身長のことは揶揄ったとしても高杉の「恋心」を揶揄うことはないだろう。
もっとも、身長と共に心の成長の方も進んでいない高杉に、オレのそんな気遣いが通じることはないだろうが。
まぁそんなわけで「いい子の晋助くん」には、どうにもオレのヅラに対する態度が納得できないらしい。「おまえ馬鹿なの?」と言わんばかりの表情で、眉を顰めながらオレを見てくる。
だからオレもいってやった、
「アホか。オレはそのまんまの素のアイツを好きになったんだよ。だったらオレも素のオレを好きになってもらわなきゃいけねーだろ」
下手にいい子ぶったりする必要なんてねぇんだよ。
相手を喜ばせるためだけに意見合わせたりする必要もねぇんだよ。
そのまんまの自分を好きになってもらえばいいんだよ。
オレの言葉に高杉は酷く難しそうな顔をした。
が、次の瞬間、気の毒なものを見るような目で一言。
「ならお前は一生アイツには相手にされないな」
「はぁ?どーゆー意味だよ」
「そのままの意味だ」
鼻ほじるわ、口悪いわ、頭も悪い上に死んだ魚みたいな目をした天パの白髪を、どうやったら好きになれるんだよ。
御尤もですね。
御尤もですけどねぇ、いっていいことと悪いことがこの世にはあるんだよ、くそチビ!!
オレと低杉が取っ組み合いの喧嘩になったことは言うまでもない。
騒動を聞きつけヅラと松陽が駆け付けて、オレとバカ杉を引き離したが、それでオレの気が納まるわけもない。
でも、それでも、オレはこれだけは言わなかった。
『お前が恋してる相手はなぁ、オレの「保護者」なんだぞ、分かってんのか!!オレがなんとも思わねーとでも思ってんのかッ』
例えるなら高杉の恋はオレにとっては、友達が自分の親に恋をしたようなものなのである。
そしてオレの恋は高杉にとって、いつも自分を気にかけてくれた大切な幼馴染をパッとでのわけわかんねぇヤツに横からかっさらわれたようなものなのである。
オレと高杉が相容れるはずがない。きっと一生平行線だ。
オレと高杉の喧嘩の原因に見当がつかないらしい松陽は、呆れた様子でオレたちに喧嘩の理由を訊ねてきたが、オレも高杉も最後まで何も話さなかった。
オレが目に見えないところで高杉に気を遣っているように、高杉もまたオレの知らない部分で気を遣っているのだということを初めて知った。
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
銀時と喧嘩をした。
世の中にはいっていいことと悪いことがある。例えそれが正しい事でも…だ。
銀時と共に先生のゲンコツを食らい、痛む頭を抱えながら、そう遠くもない家への道を歩く。俺の隣には同じ方向に帰る桂がいて、腕を組みながら俺に説教をしている。
「銀時と何があったのかは知らんが、いい加減仲良くせんか!」
「・・・」
「何か言ったらどうなんだ?ずっとだんまりだな、らしくないぞ」
「べつに」
俺の言葉にまた何事か桂が反応しているが、正直、いま俺はコイツに付き合っていられるような余裕はない。
俺はずっと考えているのだ。
銀時は言った『ありのままの自分を好きになってもらわなければ意味がない』と。
うだうだ余分な言葉を重ねてはいたが、要はそういうことだ。
「素の自分」だなんて笑わせる。アイツは余程の馬鹿か自信家なのだろう。
俺は俺の可愛げのなさを知っている。自分の親でさえ呆れ果てるほどに俺は可愛げがない。
愛想がなくて反抗的で、小さいくせに目つきばっかり悪くて態度もデカイ。おまけに嘘もつけない世渡り下手だ。
この先の人生、家を継いだとしても「侍」としてやっていけるのか自分でも疑問に思っていた。
そんな自分でも持て余すような「自分」を、先生に好きになってもらえるなんて思えない。思えるわけがない!
銀時の言葉は、まるで俺を名指ししているかのようだった。もちろんそんなことはないだろう。だがその言葉は、俺がここ最近の自分自身に向けていた疑問と合致するものだったのだ。
先生の前では、俺は「俺」でなくなってしまう。
先生のことは尊敬しているし、俺の目標でもある。だから態度には気を使っている。とはいえ、元来の負けん気と可愛げのなさが態度にでている自覚もある。
だが、そうではなく…そういうことではなく、あの人に失望されたくないと思っている自分がいる。
あの人に笑いかけてもらいたいと思っている自分がいる。
自分の主義主張を曲げるつもりはないし、誰であろうと、例え先生であろうと、俺は俺の意見を口にできる。
でも、いつもの自分と何かが違う。
先生と話していると、そわそわして落ち着かなくなる。鼓動が少し速くなる。いつになく緊張して、でもそばに居られるのが嬉しくて、褒めてもらいたくて、認めてもらいたくて、もっと近くにいたくなる。
俺はきっと先生に媚びているのだ。
その顔色を無意識に伺って、先生が喜ぶことをしようとしているのだ。
これでは先生の目に映る俺は「俺」ではなく、先生に都合のいい俺になってしまう。
(つまり先生に好かれようと媚びへつらってる俺はダメってことだ…)
銀時の言葉は俺の脳天を稲妻のように直撃した。
俺はいま途方に暮れている。
俺は先生に好かれるような人間ではない。およそ大人から好意的に捉えられる子供ではないからだ。
「俺はどうしたらいい…」
堪えきれず口から零れ出た言葉は力なく消え入りそうな小さなものだった。
どんなに難解な問いにも回答を示してきた俺の脳味噌でも、この答えだけは出せそうにない。
嫌われることが初めて怖いと思った。
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