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他人に性的な欲求を持てないマダラの話
「非性愛者」とは他者に対して恋愛感情はもてても、恒久的に他人への性的欲求をもたない者のことをいう。
まさに俺のことだ…
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
俺はいまだに初恋に縛られている。11の頃から始まり、ゆうに10年以上、柱間を思い続けている。
だが問題はそんなことではなく、俺の中に柱間に対する恋愛感情はあっても、柱間に対する性的衝動が全くないことこそが問題なのだ。
本来、「愛情」と「性欲」は同じ場所へ向かうものだ。
相手を愛しく思うのならば触れたいと思うし、その先も望むはずだ。
だが俺は違った。「性愛」が同じ場所に結びつかないのだ。
俺は間違いなく柱間を愛しており「共に過ごしたい」と思っている。だが柱間に対し、性的な情動を感じたことは一度たりともない。俺の中で「性欲」と「愛情」は切り離されているからだ。そしてこれが一番重要な部分だが…、俺の中には他者に対する性欲がない。
これは俺の致命的な欠陥といえるだろう…。
恋愛感情の伴う接触は女からだろうが男からだろうが等しく気分が悪くなる。肩を叩かれるのも、腕を組まれるのも受け付けない。
口付けや愛撫などされようものなら、全身鳥肌が立ってしまう。
とはいえ俺も男だ…自慰はする。あくまで生理現象として事務的に、だ。
つまりそんな俺が恋人など作れるはずもなく、ましてや色街などは論外で、俺は一族の頭領として役目を果たせぬままこの年まできてしまった。
当然、里に移ったからといって柱間との関係も一切進展はない。
俺は他人を愛することはできても、性的な欲求をもてないため誰とも付き合えないのだ。夜の営みを伴わない愛情など誰も信じない。
柱間だとてそうだ。きっと酷く困惑しながら「なぜだマダラ?」と、問うてくるに違いない。
俺はただ柱間を愛し、抱きしめ、手を握り合うことが出来る関係になりたいだけで、性的なことを望んでいるわけではない。むしろそれは俺にとって重圧でしかないことを、恋愛面においても自由奔放で情熱的なあの男は理解できないはずだ。
興味の無いものに興味を持てと強要されるのは正直つらい。
なによりそれが思う相手からの言葉であればなおのこと…。
しかしそんな俺の苦悩を知る者は誰もいない。
柱間も知らない。イズナだって、親父だって何も知らなかった。ましてや世間のものなど知る由もない。
俺はこの事実を誰にも伝えるつもりはないのだ。
俺は一生一人で誰とも寄り添わず、柱間だけを思い続けながら生きてゆく。その覚悟が俺にはある。
だが一人だけ…気にかかる存在がある。扉間だ。
ヤツも俺と同じように独り身で、そのうえ恋人さえ作ろうとしない。
もっとも、俺と違って器用なあの男は、好きでもない女と褥を共にすることで独り身の体裁を保っているようだが、誰彼かまわずその腕に抱く行いに、俺は嫌悪にも似た複雑な感情とともに一つの疑問を抱いていた。
誰のことも愛せなさそうな、神経質で合理主義者なあの男は、果たして誰かを愛したことがあるのだろうか?
少なくとも人並みの性愛を知っていれば、あのような冷めた男女の仲になどならないはずだ。
そう思うのは俺の気のせいか?
(なぁ柱間。お前の弟はもしかして…)
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
俺は非性愛者だ。
他人に性的な欲求を持ったことがない。
だが俺は柱間の「特別」になりたい。しかしそこには越えられない壁がある。
柱間は俺のことを全身で「好きだ!」と叫んでいる。しかし俺自身が柱間を拒んでいる。
柱間のその情熱の先にあるものが、俺は恐ろしいのだ…。
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
【最後に…】
無性愛と非性愛の違いはとても難しく、性質として取り扱うか、心理学の観点から取り扱うかなど、専門家でも説や立場に違いがあり一言で説明できるものではありません。
また、その人ごとに許容範囲も異なり、複雑なものがあります。
あくまで「扉間とマダラの場合はこんな感じ…」という程度の認識でお読みください。
この世にはマイノリティなものがまだまだたくさんあります。もしかしたら、これを読んだ方の中にもマイノリティな何かが隠れているかもしれませんね。
相手を「理解」できなくても「否定」しないことが大切なのだと思います。
まさに俺のことだ…
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
俺はいまだに初恋に縛られている。11の頃から始まり、ゆうに10年以上、柱間を思い続けている。
だが問題はそんなことではなく、俺の中に柱間に対する恋愛感情はあっても、柱間に対する性的衝動が全くないことこそが問題なのだ。
本来、「愛情」と「性欲」は同じ場所へ向かうものだ。
相手を愛しく思うのならば触れたいと思うし、その先も望むはずだ。
だが俺は違った。「性愛」が同じ場所に結びつかないのだ。
俺は間違いなく柱間を愛しており「共に過ごしたい」と思っている。だが柱間に対し、性的な情動を感じたことは一度たりともない。俺の中で「性欲」と「愛情」は切り離されているからだ。そしてこれが一番重要な部分だが…、俺の中には他者に対する性欲がない。
これは俺の致命的な欠陥といえるだろう…。
恋愛感情の伴う接触は女からだろうが男からだろうが等しく気分が悪くなる。肩を叩かれるのも、腕を組まれるのも受け付けない。
口付けや愛撫などされようものなら、全身鳥肌が立ってしまう。
とはいえ俺も男だ…自慰はする。あくまで生理現象として事務的に、だ。
つまりそんな俺が恋人など作れるはずもなく、ましてや色街などは論外で、俺は一族の頭領として役目を果たせぬままこの年まできてしまった。
当然、里に移ったからといって柱間との関係も一切進展はない。
俺は他人を愛することはできても、性的な欲求をもてないため誰とも付き合えないのだ。夜の営みを伴わない愛情など誰も信じない。
柱間だとてそうだ。きっと酷く困惑しながら「なぜだマダラ?」と、問うてくるに違いない。
俺はただ柱間を愛し、抱きしめ、手を握り合うことが出来る関係になりたいだけで、性的なことを望んでいるわけではない。むしろそれは俺にとって重圧でしかないことを、恋愛面においても自由奔放で情熱的なあの男は理解できないはずだ。
興味の無いものに興味を持てと強要されるのは正直つらい。
なによりそれが思う相手からの言葉であればなおのこと…。
しかしそんな俺の苦悩を知る者は誰もいない。
柱間も知らない。イズナだって、親父だって何も知らなかった。ましてや世間のものなど知る由もない。
俺はこの事実を誰にも伝えるつもりはないのだ。
俺は一生一人で誰とも寄り添わず、柱間だけを思い続けながら生きてゆく。その覚悟が俺にはある。
だが一人だけ…気にかかる存在がある。扉間だ。
ヤツも俺と同じように独り身で、そのうえ恋人さえ作ろうとしない。
もっとも、俺と違って器用なあの男は、好きでもない女と褥を共にすることで独り身の体裁を保っているようだが、誰彼かまわずその腕に抱く行いに、俺は嫌悪にも似た複雑な感情とともに一つの疑問を抱いていた。
誰のことも愛せなさそうな、神経質で合理主義者なあの男は、果たして誰かを愛したことがあるのだろうか?
少なくとも人並みの性愛を知っていれば、あのような冷めた男女の仲になどならないはずだ。
そう思うのは俺の気のせいか?
(なぁ柱間。お前の弟はもしかして…)
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
俺は非性愛者だ。
他人に性的な欲求を持ったことがない。
だが俺は柱間の「特別」になりたい。しかしそこには越えられない壁がある。
柱間は俺のことを全身で「好きだ!」と叫んでいる。しかし俺自身が柱間を拒んでいる。
柱間のその情熱の先にあるものが、俺は恐ろしいのだ…。
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
【最後に…】
無性愛と非性愛の違いはとても難しく、性質として取り扱うか、心理学の観点から取り扱うかなど、専門家でも説や立場に違いがあり一言で説明できるものではありません。
また、その人ごとに許容範囲も異なり、複雑なものがあります。
あくまで「扉間とマダラの場合はこんな感じ…」という程度の認識でお読みください。
この世にはマイノリティなものがまだまだたくさんあります。もしかしたら、これを読んだ方の中にもマイノリティな何かが隠れているかもしれませんね。
相手を「理解」できなくても「否定」しないことが大切なのだと思います。
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