拝啓、松陽先生

神楽の言葉を通じて昔のことを思い出す銀さんのお話。

逢佛殺佛。逢祖殺祖。逢羅漢殺羅漢。逢父母殺父母。逢親眷殺親眷。始得解脱。

仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に逢うては父母を殺せ。親眷に逢うては親眷を殺せ。始めて解脱を得ん。

臨済宗の開祖・臨済のことばである。





「神楽ちゃん、ちょっと食い意地張り過ぎだよ！」
「ウルサイ！黙れよメガネ！！」

何者も今の私は止められないアル。
祖に会えば祖を殺せ…仏に会えば仏を殺せ…何者にも囚われず生きる…！
私は自由アル！

「邪魔するものは、みんな敵アル！コロス！！」
「なんで朝から餃子ごときで僕が殺されなきゃならないのさ！！」

昨日の残りの餃子を巡り、朝からガキどもが騒々しい。
オレとしては昨夜、吐くほどに食ったビールのつまみの餃子になど、さして興味もないのだが…。

（ったく…神楽の馬鹿。誰に似たんだよ）

神楽が鼻息荒く語った言葉に、いつかの自分が重なって、オレは机に頬杖をつきながら口を挟んでしまった。
いつものごとく、ヤル気はゼロだが。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


それが漢文の講義だったのか、はたまた哲学か…あるいは松陽が気まぐれに開いていた講釈の時間だったのか、記憶は定かではないが、とにかくガキの頃のオレの思考が、実に単純であったことだけは覚えている。

祖に逢うては祖を殺せ。
仏に逢うては仏を殺せ。

この言葉を聞いたオレは至極単純に「イカした短歌もあったもんだ」と思った。
要は、自分の邪魔をする全てのものを殺せと言っているのだ。実にシンプルで分かりやすい。
松陽の元にきてから耳にしていた生温く浮ついた夢幻のような言葉よりも遥かに現実的だ。

そう…人間という生き物は、みなバケモノなのだ。
松陽のような人間の方が逆に珍しい。

そんな事を考えていたら、松陽が微妙な顔をして話を中断し、オレに声をかけてきた。

「銀時、あなた何かよくない事を考えているでしょう」
「べつに。ただ人間らしい言葉だなって思っただけ。どいつもこいつも、自分さえよければそれでいい。そういうのがよく表れてる素直な言葉だな…って思っただけ」

この頃のオレは絶好調に捻くれていた。
幼いながらに精一杯生きていたオレの心は擦り切れて、すっかり子供らしさなど無くしていたのだ。
だからいつも子供らしくない事ばかり言っては松陽を困らせていた。

そんなオレに松陽は「『殺せ』というのは、相手を殺すわけではないのですよ」と困ったように首を傾げた。

「だって『殺せ』っていってんじゃん」
「殺すのは己の中の『情』です」

権威や恩恵に惑わされてはいけないということをいっているのです。
「父母の情」「仏の情」「祖先の情」に溺れていては自己を確立出来ない。
情や知識に惑わされることなく、真実の己を探しなさい、という意味です。

「この世にはたくさんのしがらみがあります。それを乗り越えて、自分の正しいと思う在り方を探すことの大切さを伝えているのですよ」

まぁ、仏教の宗派の一つの言葉ですから、最終的には悟りを開くことを目的としているのでしょうが、今を生きる私たちにも十二分参考になる言葉です。
そう続いた松陽の言葉に、オレは単純に騙されたような気持ちになった。

そう…いまの神楽のように…。



「何でアルカ！！？『殺せ、殺せ』言ってるアルヨ！」
「おまえねぇ、ちょっとカッコいいフレーズ見つけたからって、なんでもかんでも訳も分からず使うもんじゃありませーん」

言葉の裏側に隠されてる真実を読み解く心を持てよ。
おまえ、そんなんじゃこの先の人生やってけないぞ？ホイホイ、ホイホイ、耳障りのいい言葉に騙されやがって。

「ってか、そもそもその餃子、オレの昨日の晩酌の残りだろーが！オレのだよ、返せ！」
「銀ちゃんもう要らないっていったアル！」
「また食いたくなったんだよ。そもそも餃子だってなぁ、こんなくだらねー争いに巻き込まれてウンザリしてるよ！」

みてみろ、餃子のやつ、昨日より元気ねぇじゃねーか！昨日はあんなにシャキッとしてたのによぉ…。
かわいそすぎて見てらんねぇーよ！！

銀ちゃん、またそういうこと言って私の気をそらすつもりアルナ…！
よろしい、ならば戦争だ。

まーた、お前は。一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだ。テレビか？テレビが悪いのか！？

まぁまぁ、銀さんも落ち着いてください。餃子ごときで朝からテンションあげす…ってああああ！！！！

いやぁあああーーーー！！！

はい、ごちそーさん！




拝啓、松陽先生
アンタがいってた正しい道ってのはまだわかんねーけど、今日もオレは元気にやってます