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「しー」と人差し指を口にあてて「みんなにはナイショですよ」と片目をウィンクながら特別なお菓子をくれる松陽先生のお話。
甘いものが好きだ。
甘いものはオレの魂と言ってもいい。
糖尿病なんざぁクソ食らえだ!
血糖値だぁ?そんなモンが怖くて侍やってられるか!
オレの血肉はなぁ、ガキの頃から糖分でできてンだよ!
人にはそれぞれ「忘れられない味」というものがある。大抵は「母の味」ってやつだが、オレには生憎そんなモンはいないから「母の味」ってやつがどんなものかは知らない。だがそんなオレにも「忘れられない味」ってヤツがある。
それは甘く優しく、そして温かい味がした。
幼い頃、オレはどんな菓子より、それが大好きだった。
誰にも言えない秘密の菓子だったから、オレは誰にもいったことがないのだが、今でもオレの一番の好物だ。
松陽がみんなの目を盗んで、オレだけにくれる、特別な菓子。それがオレの「忘れられない味」だ。
普段、塾生の誰に対しても公平で分け隔てのない松陽が、こっそりと人目を忍んでオレを手招きしたとき、それは貰える。
他の子供達に気付かれぬよう、物陰から顔をチラリと覗かせ、微笑みながら手招きするのだ。
それだけで秘密の香りがする。
そんなとき、オレは決まって普段のオレらしくもなく、周りに気を配りバレないように物陰に隠れる松陽の元へと急ぐのだ。
師である松陽が物陰に隠れながら無言で手招きしてオレを呼ぶのだから、これは相当一大事だ。
そして本当に一大事なことを松陽は囁くのだ。
「みんなにはナイショですよ」
そう言って来客用に用意した菓子の余りを一つ、オレの小さな手に載せ、「しー」っと人差し指を口にあてて微笑みながら口止めする。
もらえる菓子は、来客用というだけあって、いつも上等のものだった。饅頭のときもあったし、干菓子のときもあった。カステラだったこともあるし、練り切りのときもあった。夏には水羊羹なんてものもあったっけ…。
とにかく甘くて、美味しくて、何より「秘密」の味がした。
人目を忍び与えられるそれは、幼心にも松陽と秘密を共有する興奮をオレにもたらした。
誰にでも笑顔で優しい松陽が、オレにだけ「ナイショ」でくれる特別な菓子。
つまりそれをもらえるオレは、とても特別な存在なのだ、と思った。
今となっては遠い昔。
もう二度と味わうことはない、忘れ難い思い出の味だ。
そして今では、オレが子供たちに「特別」を与えてやる立場だ…。
立場のはずだ、うん。
「銀ちゃんまた一人だけお菓子食べてるアル!!」
「ザンネーン。もう無くなりました!早い者勝ちですー。ウチは生存競争が激しいんだよ」
「ウソつけ!まだ残ってるアル!!私にも食わせろヨ!」
まぁ、すべての人間が本当の意味で「大人」になれるわけではないのだ。
オレはオレらしく、オレのままで、ガキどもと仲良くやっている。
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
俺が持ち込んだ手土産の菓子を巡り、リーダーと銀時が揉めている。
まぁそれはいつものことなのだが…
「こういう光景を見ていると、改めて先生の偉大さを痛感させられるな」
腕を組み、遠い昔へと想いを馳せる俺。
あの頃は銀時も俺もまだ幼く、高杉にさえ可愛げというものがあった。
俺は松陽先生が、よく人目を忍んでは塾生一人一人を物陰に手招いていることを知っていた。
なぜ知っていたのかというと何となくだ。
始まりはこう…。
先生が講義後の騒つく室内で、俺をこっそり手招いて廊下へと誘い、来客用の干菓子をくれたのだ。
当然、俺は驚いた。
誰にでも優しく平等で寛大な、慈愛溢れる先生が、俺一人だけに菓子をくれたのだ。
そこで俺はひとつの可能性に行き着いた。
「みんなにはナイショですよ」
片目をつぶりウィンクする先生は悪戯好きの子供のような顔をしていた。だから俺は「あぁ、なるほど。晋助がみょうにソワソワして落ち着かなかったのはコレが原因だったのか」と得心がいったのだ。
晋助は松陽先生のことが特別大好きだから、そんな先生に「ナイショですよ」なんて言われながらお菓子をもらおうものなら、それこそ天にも昇る心地だっただろう。
(晋助のやつ、菓子にカビが生えるまで食べずに取っておくんだろうな…。もったいない)
俺はその場でポリポリ…と干菓子を食べ、そして先生に言った。
「ナイショとかいいつつ、先生は本当はみんなにお菓子をあげてるんですよね?」
俺の言葉に、それまでニコニコと俺の菓子を食べる姿を見ていた先生が、両目を見開き「あら、バレちゃいましたか」と可愛らしく驚きを口にしたところで予想は確信に変わった。
あのときは先生がなぜそんな面倒な方法で塾生に菓子を与えるのか分からなかったが…。
十数年の時を経て、その理由がようやくわかった。
「先生は本当に人の扱いのうまい人であったのだと、改めて思うな…」
「は?さっきから一人で何ブツブツいってんの、ヅラ君」
「おまえも松陽先生から菓子を貰っていただろう」
「え?は?なに…それ。なにいってんのか、オレわかんねぇわ…ははは」
「実はアレ、みんな貰っていたんだぞ」
俺の言葉に動きを止め、真顔で固まる銀時。
はて?この反応…以前の高杉と同じなのだが…。
(俺はそれほど重要なことを口にしただろうか??)
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
「子供心に、あのように人心を掌握する術もあるものなのかと、感心したものだ。まぁ単純に、菓子をめぐる子供等の争いを避けるため…というのが実際のところだろうが」
とかなんとかかんとか言いながら、悪意なく、オレの「思い出の味」を衝撃の告白とともにブチ壊してくれたヅラ。
「おまえ…ふざけんなよ。世の中にはなぁ、知らなくて良いこと山の如しなんだよ!チクショーーーーー」
って、アレ?まさか…おまえが…毎回、ウチに手土産もって、厄介ごとを持ち込むのって…
(て…手懐けられてる!!!?オレたち手懐けられてるのか、この野郎ォオオオ)
「おい神楽!おまえソレ食うな!手懐けられてるぞっ」
「うまか、リーダー?」
「うまいアル!」
「ヤメロォオオオオ!!!」
気をつけよう
甘いお菓子と
長髪の笑顔…字余り!
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