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文字を通じてあれこれ考える銀時のお話。






人の書く字って不思議だ。

オレがそんなことを考えるようになったのは松陽がオレを拾ってオレの面倒をみて、オレに人並みの世界を見せてくれて、その上、頼んでもいないのにお節介にもヤル気のないオレに学問に触れる機会を与えてくれたからだ。
正直それ以前のオレは「人間」じゃなかった。

心まで人並み…とまではいかなくても「人間」になったオレは、色んなことを思うようになった。
そして最近気付いたことがある。

同じ文字を書いていても、それぞれみんな違う色形をしているということだ。

例えば、ヅラの書く字はお手本みたいな字。
松陽の部屋にある漢文の本に書かれているみたいな、でもどことなく柔らかくておおらかな字。
オレはこの字が結構すきだ。読み易いし、分かりやすいし、見ていると落ち着く。
以前オレがヅラの文字について「外見に似合わず、腰の据わった落ち着いた字をしている」と評したら、松陽のやつが笑いながら「たしかに、そうですね」と返してきた。
多分、松陽もヅラの字が嫌いじゃないのだろう。

逆に、高杉の字は神経質な字。オレが今までの人生で見てきた中では一番気難しそうで繊細で、取っ付きにくい字。
下手じゃないけどオレは好きじゃない。ヅラの書く字より細くて、少し斜めにつり上がった字は、まるでアイツの目みたいだ…。

「なぁ、松陽…」

暇つぶしに訪れた松陽の部屋で、オレは疑問を口にする。ちょうど頃合いよろしく、松陽の手には高杉が提出した紙束が握られており読み進めている最中であった。

「塾生はみんな同じ筆を使ってるはずなのに不思議だよな。なんで高杉の字だけツンツンしてんの?」
「ツンツン…ですか?ふふ、面白い言い方しますねぇ、銀時は」

くすくすと笑いながら、しかし書面に落とした視線はそのままに「文字にもその人の内面が表れるものなのですよ」と松陽は諭すように語り出した。

「晋助は他の誰よりも、繊細で傷付きやすい面を持っているのでしょう。普段は強がってばかりいますけど、心根の優しい良い子なんですよ、銀時?」

話の雲行きが怪しくなってきたことを本能的に察し、オレは頭の後ろでヤル気なく組んでいた手を下ろすと同時に回れ右して松陽の部屋から出ることにした。
松陽の手元にあるのは塾生全員に出された課題で、オレはまだそれを出していなかったのだ。ここだけの話、手をつけてさえいない…。

「明日には出してくれますよね、銀時?」

立ち去るオレの背中にも、松陽の言葉は優しかった。

(なんでアンタみたいな人間が、オレなんか引き取ったんだよ…)

ふとした瞬間に頭をもたげるその疑問が、松陽の優しい声に触発されて再びオレの胸に去来する。

そもそも松陽というヤツは、まったくもって読めないやつで、そこいらの大人なんかより「大人」で、頭が良くて、見目もよくて、おまけに強くて。なんでそんなヤツがわざわざ死体を漁って追い剝ぎをしながら生きてきたような、素性もわからない可愛げのない小生意気なガキを助けたりしたんだ。一文の得にもならないのに。

(いや、逆か…。よくできた人間だから拾ったのか?)

今の所、オレには松陽の欠点らしい欠点が見えないでいる。
本当に完璧なのだ、驚くほどに…。

それは今現在オレの中で最も気になる「文字」というものにまで及んでいる。

松陽の書く字は、とても綺麗なのだ。

ヅラや高杉の摩り卸す墨の濃さよりも淡く、しかし頼りなさを感じさせない絶妙な墨の摩り具合。そこから筆に染み込ませる墨の量にも、他とは違うものをオレは感じている。
なんというか、適量より心持ち少なめに筆に墨を含ませているように思えるのだ。ヅラは顔に似合わず豪快に筆を墨の中に突っ込む。あれはダメだ…なんかダメだ。
逆に高杉のやつなんかは筆先にちょだとつけては書き、つけては書きを繰り返す。なんかこれもダメだ。お前の字がツンツンしてるのは、たぶん墨が足りてなくてちょこまかつけ直しているからだ。筆にも心にも潤いが足りないのだ。あとチビだし…。

その点、松陽は違う。
オレは今でも、初めて松陽がオレに手習いを教えた時のことを覚えている。

松陽が硯に満たした透明な水。
松陽が手にした黒々とした墨。
白い指が純黒の塊を水で溶かしながら摩ってゆく。
水と墨が混じり合い、やがて墨汁となり、オレのために松陽が用意した筆が下される。文字など知らないオレは、松陽に手を取られながら、生まれて初めて文字を書いたのだ…。

その字の美しかったこと!

こんな素晴らしいものが筆から生み出されるのか…とオレの中で衝撃が走ったのを今でも鮮明に覚えている。それと同時に、松陽の手がオレの手から離れた後の時のこともよく覚えている。

「ぜんぜんちがう…」

松陽の手がオレの手から離れ「自分で書いてみなさい」と笑顔で勧められ、オレはなんの疑いもなく半紙に筆を滑らせた。

待っていたのは絶望だ。

何が起きたのかわからず、松陽を見上げれば、松陽は笑いながら「これから頑張っていきましょう」と…。
あれから数年経ったが、オレの字に進化は見られない。たぶん、文字を書く才能がないのだろう。

心持ち薄めの墨で書かれた伸びやかな美しい文字。それは夏に見れば涼やかに、冬に見れば温かく目に映る。
文字に季節感などあるはずもないというのに、松陽の文字には不思議とそれがあった。不思議な文字を書くのだ。
綺麗なだけではない、何かを秘めた文字は見るものの心を掴んで離さない。

一度、松陽の筆に秘密があるのではないかと勘繰り、松陽が不在の時を狙って筆を失敬して試してみたが、出来上がったのは相変わらずな文字だった。
次に疑ったのは紙だ。松陽の使う紙に秘密があるのではないかと、これまた松陽が不在の時に数枚くすねて手習いの文字を書いてみたが、これまた惨敗。

今でこそ読める字にはなったが、松陽の言う通り文字に内面が表れているというのなら、オレの文字はまさにオレ自身を体現しているのだろう。
この天パーも一向に治る気配はないし、まったくもって自分自身に良いところが見つからない。

1つため息をつき筆を下ろしたところで、横から声がかかった。

「なんだ、もう終わりか?」

驚いて右を見れば、そこには帰宅したはずのヅラの顔があり「先生から出された宿題に手もつけていなかったとは…呆れて物も言えんぞ銀時」と眉根をしかめて小言をいって来るではないか。

「それにしても相変わらずな字だな銀時。先生に手ほどきを受けたとは思えんぞ」
「ほっとけよ!!」

慌てて隠すが後の祭りだ。妙な物思いに耽っていたら無様なところを見られてしまった。

「先生の文字はあんなに美しいというのに」
「あれだよ、内面が出てるらしいぜ、文字ってやつにはよぉ。だからだろ」

オレの言葉にヅラは手を叩き、「なるほど!だから先生の文字はあれほど美しいのか!」と納得し、しきりに頷いている。

「やはりなぁ…先生の高潔なる内面を表していたからこその美しさだったのか。良い話を聞いたぞ銀時!」
「ソウデスカー」

ヅラの登場で一気にやる気をなくしたオレは、書きかけの汚い紙をくしゃくしゃに丸め屑篭へと放り投げたのだった。

しかしその翌日、オレの部屋の机の上には朱色で指導の入ったしわくちゃの紙が置かれていた。

「松陽のやつ…」

屑篭に捨ては宿題は松陽により回収添削され、文字の書き方に至るまで事細かに指導されていたのだ。
黒い墨とは違う朱色のそれは、つやつやと美しく伸びやかに小言を伝えてくる。ついついその文字に魅入って、

「やっぱ…綺麗だな」

その言葉が口から零れた。

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