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「人」
松陽が「あなたって小器用になんでもできるんですねぇ」って感心するお話。






それは我が家に初めてご近所さんから野菜のお裾分けがあった日のことだった。

場所は本州の最も西にある長州藩。
江戸を中心として起こった天人との攘夷戦争の喧騒からは程遠く、また城下町である萩から少し離れた田舎に私塾を開いたため、長州藩の侍から妙な勘繰りや好奇の視線に晒されることなく「流れ者」なりに土地に馴染み始めた頃のことであった。

「あなたって小器用になんでもできるんですねぇ」

私は台所で当然のようにきゅうりを洗い、まな板の上に置き、包丁でもってきゅうりを切り分ける銀時に驚きと感嘆を込めて口にした。すると今年で9歳になる銀時は包丁片手に、背後から覗き込む私を振り返り、「どーいう意味だよ」と半眼になって軽く睨んでくるではないか。
いやいや、これにはちゃんと理由があるのだ。

「拾った経緯を考えれば、もっと人間味に欠けると思うでしょう?」

なのに教えてもいないのに着物は着れるわ、お金で物を買えることを知っているわ、挙句の果てに野菜を包丁で切り始めるわ…驚きですよ。

「あなたの世界にも刀以外の刃物がちゃんと存在していたんですね~」

顎に手を当て、ひとしきり感心してみれば、私をどれだけ睨んでも無駄と判断した銀時が再びきゅうりに向き直り、トントン…と小気味よく切り分ける。

「あのなー、オレにだってちゃんと生活の知恵ってモンがあったんだよ。本物の『鬼』じゃねぇんだからよ」

完全に呆れ果てた…といった口調で私に諭してくる銀時に、しかし私はくすくす笑ってどこ吹く風だ。だって嬉しいのだから仕方がない。口にこそ出さないが、私は銀時の人間らしさを見るたびに嬉しくなってしまうのだ。

だって、私にはそんな知恵も知識も、なにもなかったのだから…。




そう…、少なくとも私にそんな知識や常識や行動は、この年頃にはなかったはずだ。
今にして思えば、牢獄で過ごした100有余年は私を「鬼」にはしたけれど、同時に「人」になるため、自分自身を見つめ直すために必要な時間だったのかもしれない。

あの100有余年は、私の頭の中に取り散らかっていた、たくさんの「私」が互いの存在を認識し、己の中に蓄積されたあらゆる感情や記憶、知識…そういったものを、それぞれの中で整理分類し、落ち着かせていった時間だったのだ。

それ以前の私は自分の中に別の自分がいることにさえ気付けない有様だった。
記憶に一貫性などなく、また、そのことに対して疑問すら持っていなかった。

泥水をかき混ぜたような濁りきった状態。それが当時の私の内側だ。
それが100有余年の時をかけ、舞い上がり水を濁していた汚れが沈下し、少しずつクリアな状態になっていった。

あのとき「私達」は確かに自分自身を見つめ直していたのだ。

そして結論が出た。
私の中で舞い上がり水を濁していたそれらが厚く堆積し、やがて汚泥の中から蓮のように芽吹いた思い。それは私の憎しみや恐怖そして羨望を始めとしたあらゆる感情を養分として花を咲かせた。

『すべてのものに死を与えよう…』

それは右も左もわからず、ただただ人に憎まれ疎まれ殺され続けた私が、人生で初めて抱いた目標であった。
その時を境に、私は人から見れば「鬼」ではあったが、同時に「人」にもなったのだ。

なぜなら、私が為した鬼の所業は、すべて「人」が私に為した所業だったのだから。




(確かに私は「人」になったのだ。あの100有余年の間に己を知り、そして「人」を知った)




「松陽?」
「はい?」

気付けばいつのまにかきゅうりを切り終えた銀時が、私を真剣な顔で見上げていた。

「どうしました?」
「いや…なんか怖ぇ顔してたから。オレの切り方…まちがってたか?」

「さあ、どうでしょう。私も包丁をみるのは、これが初めてなので」
「ダメじゃん!!これからどうするんだよっ」

「どうしましょう…。ご近所の奥さんにでも、ききにいってみますか」
「えーーーーー、めんどくぜーーーー」

嫌がる銀時を連れ、私は細切れになったきゅうりを皿に乗せ、ご近所の奥さんの元へと向かう。いそいそと楽し気に…。
だってそうだろう?幸いなことに、ここでは誰も私を殺そうとはしないのだから。

「ついでに何か料理も教えてもらいましょう」
「もうさ、生で食っちまおうぜ」
「ダメですよ。これから先ずっときゅうりの細切れを食べ続けるなんて味気ない。私はそんなのイヤですからね」


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