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「あの頃」
塾開設の支援者候補の人に「愛人にならないか」と誘われる松陽のお話。






それは新月の夜。星だけが漆黒の夜空に瞬く、雲一つない夜の出来事だった。
その日も丁度こんな風に人目を忍ぶように、夜遅くに呼び出されたのだ。

まるで今日という日が、あの日を辿っているかのように思えて、松陽は軽い既視感を覚えた。




子供を寝かしつけてから夜に外を出歩くのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
とはいえ、子供の同伴を望まない相手方の意向には従わざるを得ない立場である。なにせ相手は私塾開設のための資金を提供し、後ろ盾となってくれるかもしれない出資者候補だ。なにより子供同伴でするような話ではない。だからこそ松陽は銀時に何も言わず、何も悟らせず、自らも一度布団に入り、子供が寝静まったのを確認して起き出してきた。

いまは町の外れにある旅籠に宿をとっているが、もしこの地域で私塾を開設するのであれば誰かを頼りにする必要がある。

今回そんな松陽に声をかけてきたのは地元では由緒ある家柄の武家の頭首だった。
江戸から遠く離れた西国といえども、武士の力はやはり絶大だ。当初は学問に通じている豪商などを念頭に入れ、私塾を開設しやすそうな土地柄を探しながら西へ移動していたが思わぬところから声がかかり、今夜の顔合わせと相成った。

しかしこんな夜更けに歓楽街近くの料亭に呼び出されるとは想像もしていなかった松陽である。

(こんな夜はあの日のことを思い出しそうで…少し怖いですね…)

思い出しそう…というより、実は既に思い出している。
まるで今日があの日なのではないかと錯覚しそうになるほどに、ハッキリと、生々しく…。

あの時、握りつぶした男の喉笛の感触が右手に蘇り、松陽は苦い顔をしながら指定された料亭の暖簾をくぐったのだった。




あれは私が朝廷に召し抱えられ、烏となって間もない頃の事だったと思う。
当時は貴族が政治を取り仕切り、都もまだ東に移る前で、私も烏となってから都近くの山中を切り開き建てられた天照院(先帝である)が所有する別荘を隠れ家として、他の烏と共に住んでいた。

そんなある日、夕暮れ時だったと思う…。大内裏(おおだいり)から一人の使者が私の元へやってきた。
そしてその晩、人々から「鬼」と恐れられた私が、なんの皮肉か運命か、帝の住まう内裏(だいり)に最も程近い大内裏に部屋を与えられた右大臣(うのおとど)の元へと参内(さんだい)したのだった。

この辺りからして既におかしな話である。

朝廷が私を捕縛したにもかかわらず殺さず烏として使っていたことも、国の頂点に立つはずの帝が住まう内裏に、なんの血縁関係もない大臣が部屋を与えられていることも、一介の烏を夜更けに大内裏に呼びつけることも…。
あの頃すでに朝廷は、その体制の内部に問題を抱え、傾き始めていたのだ。

私を呼びつけ部屋へと通した右大臣は、帝と姻戚関係にある男だった。それだけではない。この右大臣の娘は、他の妃たちより先んじて男皇子を産み、中宮に立っていた。これによってこの男は三大臣の中でも突出した力を持つこととなったのである。
末は新帝の祖父。
娘共々、帝の覚えもめでたく、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いなのだそうだ。まぁ、さして興味もないのだが…。

だがそんな男には常に醜聞が付いて回っていた。多くは金と力でもみ消していたが、色事にとにかくだらしないのである。
そんな訳だからして、私が呼び出された用向きも大方ろくでもない事であることは明白だった。

だからだろう。別荘から出るときも、私一人で迎えの牛車に乗り込むような有様であった。

通されたのは大内裏にある右大臣の宿直所の寝所で、白い寝巻を着た小太りの男が私を待っていた。右大臣は私に夜伽を命じたのだ。

当時の私がその言葉に何を思ったのか、それは定かではない。しかしその小太りな男がいうには、私の顔は大変に見目麗しく、天照院に置いておくだけでは勿体ないのだそうだ。
記憶が確かなら、私はその言葉に大笑いを返していた。

『なるほど、これは面白い…。大臣は鬼を寝所に侍らせたいらしい』

その時の私には「帰る」という選択肢も「寝所に侍る」という選択肢もなく、あるのはただ一つの選択肢だけだった。
私は右大臣の醜く段を刻む太く短い首を掴み、その喉笛を何の感慨もなく握りつぶした。だがそれだけでは飽き足らず、中途半端に頭と繋がった胴体が気になり、

ぶちり…と

力任せに頭と身体を引きちぎった。
滑る血で手が滑り、頭部が私の手から吹っ飛んで部屋の障子をぶち破り、毬のように廊下とへ転がっていった。一方、首を亡くした身体からは血が天井近くまで吹きあがり、どす黒い血が綺麗に身支度された私の身体を汚くよごしていた。

ほどなくしてまき散らすものが無くなった右大臣の身体から血が出なくなり、私は掴んでいた身体を床へと放り投げだ。

何もかもが赤かった。
転がる死体も、私自身も赤かった。

血の池となった寝所に立つ私の背に声がかかったのは惨劇が起きて直ぐのことだ。

『何事だ!!』

飛び込んできたのは内大臣に即位したばかりの年若い男だった。
まるで見計らったかのような登場の仕方。

今なら分かる。
私は利用されたのだ。
そして右大臣は嵌められたのだ。

もともと先帝には黒い噂が絶えなかった。退位し天照院と名を改めたあとも、人殺しを請け負う者たちをひとところに集め「奈落」と呼び、今上帝に置き土産として残していたのだ。
ところが争い事を好まない今上帝は「奈落」を使うことなく有力者の娘を妻に迎えることで政治的安定を図り、放置された「奈落」は今上帝に最も近い権力者右大臣によって掌握さて、活用されていたのだった。

しかし私を捕縛したのは内大臣だ。
そして私を殺さなかったのも、また、内大臣だった。。

当時、この内大臣は異例の大出世を果たし最年少で大臣の位を戴きはしたが、実際は右大臣に権力をすべて掌握されていた。まだ年若かった男には帝に嫁がせられる年頃の娘もおらず、また同母腹の姉妹もいなかった。なにより右大臣は奈落を使い自らの政敵をことごとく闇に葬っていた。
そこで内大臣は一計を案じたのである。

右大臣が死ねば自分にチャンスが巡ってくる。
ましてや右大臣を殺した下手人を捕まえ処罰したとあれば株も上がる。

見目の良いものを右大臣の目の届く場所に置き、その者に右大臣を殺させる。なんとも子供だましのような手ではあるが、「鬼」を寝所に呼べば何が起こるかは、利口な内大臣ならば知っていたはずである。

だがあの時…何も知らなかった私は血にまみれ、ただ笑っていた。
飛び込んできたケツの青い世間知らずのガキに何が出来るのか…と、鼻でせせら笑っていた。

「貴様…!右の大臣を殺したのかッ」
「あぁ殺した。それがどうした?私を処刑でもするか?無駄なことだ…何をしたって私は死にはしないのだから!あははははっ」
「この者を捕らえよ!」

正義感ぶったこの男は、右大臣亡き後、後ろ盾を失った男皇子を出家させ、寺へ向かう道中に男皇子を始末した。
内大臣は私を使いすべての憂いを取り除いたのだ…。

この事件によって三人の人間が死んだ。
一人は右大臣。もう一人は右大臣の姫が産んだ男皇子。そして最後の一人は下手人…つまり私だ。
この事件をきっかけに不死体である私は内大臣に重用され、天照院奈落の初代首領の座に納まることとなった。ただの人殺し集団を暗殺部隊へと昇格させるに至った忘れがたい事件である。


この後、右大臣の勢力を排した内大臣は帝の側近くに侍り、やがて天照院奈落を使い自らの政敵を暗殺し、長らく権力の座に居座り続けた。かつての右大臣のように。

しかしその男もまた、最期には奈落によって暗殺され、その生涯を閉じた。かつての右大臣のように私の手にかかって…。





「私に愛人になれだなんて、怖い物知らずにも程がある。あなたも私に殺されたいのですか…?ふふ」

いつか聞いた言葉をそっくりそのまま目の前の男が口にするものだから、つい笑ってしまった。

「このお話はなかった…ということで。失礼します」

軽く頭を下げ、追いすがる男を置き去りにして部屋を後にした。
私が朝一でこの町を立つことを決めたのは言うまでもない。


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