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「師と親の境界線」

戦争孤児を引き取り、我が子として育てているという親をみて、ふと自分自身に疑問を持つ松陽先生のお話。







その男に出会ったのは雨風激しい初冬のことだった。
私はその男に出会い、また一つ「自分」というものを理解したような気がした。

師にはなれても親にはなれない。

それが私という人間なのだと痛感した。
600年以上も生きているというのに、私は人の親にさえなれないのだ。

生きていればすべての生き物は「親」になる。もちろん例外もあるが、それが自然の摂理であり、自然の摂理に最も背いている「私」という生き物の不完全さや歪さが良く表れた答えだと思った。

私は600年以上生きてきて、一度たりとも「親」になったことはない。なりたいと思ったことさえない。

最初から私の中に「親」という概念自体が欠落しているのだ…。

(私という生き物は一体何なのだろう)


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


初冬の冷たい雨風にさらされ、私たちはある寒村近くで足止めを食らった。
幸いなことに私も銀時も道に生えていた大木に身を寄せたことで、全身を雨に打たれることだけは避けられたが、冷え始めた初冬の空気はこの雨風で一気に気温が下がり、私たちから体温を奪っていった。あの気丈な銀時でさえ、寒さを素直に口にするほどだ。
山間部特有の気候は、平地育ちの銀時には馴染のないもので、とうとう寒さから私に身を寄せ腰に抱き付く勢いで温もりを求め始めてしまった。
このままでは体調を崩してしまう…。そう判断した私は近くに村があることを信じ、銀時に自分の合羽を被せ、しばし待つように言い含めた。

正直、こんな山間の木々が鬱蒼と茂る道を歩いていると、思い出さなくていい昔の「私」の記憶が蘇ってきそうで不安になる。
遠くで雷が鳴り響き、まるであの日と同じようではないか…と思ったとき、「もし、お困りですか?」と男の声が山の中から聞こえてきた。
雨避けの蓑をまとった男は仕事帰りらしい。
声の様子から察するにまだ若い。20代後半には手が届いていないように思えたが、その物腰は成熟したものを感じさせた。

とにかく初対面の時から不思議な男であった。

「実はこの雨で難儀しておりまして…。小さな子供を連れているのです。この雨で身体を冷やしてしまったらしく、しきりに寒がっているのです。ご迷惑でなければ、土間の片隅でも構いません、屋内へ入れていただけないでしょうか」

雨に打たれながら私は殊更低姿勢で男に願いを口にした。
こういった人里離れた山間部に住む人間たちがどれほど警戒心が強いかは経験で知っている。通貨というものの力も、ここではさして役には立たない。それを知っているのは、かつての私がこうした山間部で手痛い経験をしたからだ。

果たしてこの男はどうだろう…。

いろいろな記憶が私の中で混濁する。ぐるぐる、ぐるぐると渦を巻き、抑え込んだはずの負の感情を強く持つ「私」の記憶が脳裏にチカチカと点滅しそうになる。
それは不味い…私は人を殺すことを辞めたのだから、それは不味い。

「大丈夫ですか!私の声が聞こえていますか!?」
「えぇ…聞こえています。すみません、少し、眩暈が…」
「貴方も相当調子が悪そうだ。お子さんはこの近くですか?早く家に」
「有難うございます。ご迷惑をおかけします…」



案内された男の家には銀時より5歳ほど年嵩の子供がいた。
丁度、朧くらいの年齢だろうか…。
二人は親一人子一人で暮らしているらしく、とても仲睦まじい親子であった。
その親子の様子を見て、私は男の親切心にようやく納得がいった。子を持つ親として、他人の子といえど幼い子供を雨の中、放ってはおけなかったのだろう。優しい人物であることが窺える。
実際、男は私たちを囲炉裏の傍へと招き、冷えた身体を温めるよう促し、雨に濡れた私には代わりの服を貸してくれた。それだけで有難いというのに、男は夕食まで私たちに振る舞ったのだ。

少なくとも私が外で生きていた時代では有り得ない話だ。

そう、私が経験した忘れがたい記憶はそこにこそある。
山間の寒村では昔から旅人を襲う風習があったのだ。それは村ぐるみで行われ、迷い込んだ旅人は運が良ければ丸裸のまま山に放り出されるが、運が悪ければ殺される。女子供の旅人などは村全体の囲い者になるか、廓に売られるかのどちらかだ。なににせよ、生きて村を出るのは難しい。
かつて私もその風習の洗礼を受け、男たちを返り討ちにするだけでは飽き足らず、怒りに任せ村ごと皆殺しにしたことがあった。
私が「鬼」と呼ばれる少し前のことだ。

だが時代は移り変わり、山間の寒村といえどもそのような風習も廃れたようだ。まぁ、当然といえば当然か…。天下統一が果たされて以降、国の至るところに道が通り、行政も整備され、徳川の威光の元で国は一つになっているのだから、そのような悪習がいつまでも残っているはずもない。
警戒を解き、私は素直に男とその息子に感謝を述べ、一晩厄介になることにした。

吹きつける雨音を聞きながら囲炉裏を囲む夕食の席で、男の息子は目に見えてはしゃいでいた。

「お客さんがくるのなんて初めてだ!ねぇ銀時、後で遊ぼう!」

子供の言葉に、銀時は小難しそうな顔をして「んー、別に、いいけど」と答えている。これではどちらが年上か分かったものではない。
出された食事自体は質素で、味付けも薄いものだったが冷え切った身体を温める効果はあった。家につくまで唇を青くして震えていた銀時も、今では血色のいい顔になっている。この分なら体調を崩すことなく旅を続けられるだろう。
ほっと胸を撫で下ろし、改めて男に礼をいう。それに応じる男の様子は、やはりどう見ても外見年齢よりも成熟したもので、ついつい余計な詮索をしてしまう。

「失礼ですが、年の割に随分と落ち着いていらっしゃる」

私のその一言から、ぽつり、ぽつり…と会話が始まり、やがて私は仲睦まじい親子が、実は血の繋がりのない他人であることを知るのだった。

男がいうには、息子(それは養い子だ)は戦争孤児で、それを引き取り今日まで我が子として育ててきたのだという。
だがどう見ても親子そのものだった。それこそ道中みかけた親子連れとなんら遜色ない「親子」であった。
だからこそ疑問が湧き上がる。

「しかし貴方は親になるには、いささか若すぎるのでは?ご結婚もまだのようですし。なぜまた子供を引き取ろうと思われたのです?」

私の疑問に、しかし男は戸惑った様な笑みを浮かべ私を見返すばかりで返答らしい返答をしなかった。
囲炉裏から少し離れたところでは銀時と彼の養い子が楽しそうに駒を回して遊んでいる。
私と彼の時間だけが止まったかの様に沈黙が下りていた。

彼の笑みは「貴方がそれを問うのですか?」と訴えかけるものだったのだ。
そこでようやく私は気が付いた。彼が私と銀時の関係について一切尋ねなかったことを。

見る人間が見れば親子でないことなど一目瞭然なのだ。
では私と銀時の関係は一体なんなのか。

私の歳で子供を引き取るということは、外見年齢的に考えても我が子として育てるということだ。だが私は一度たりともその様な選択肢は頭に上らなかった。
私の世間ズレしたこの思考回路は、私の所属していた組織故のものではなく、私自身の思考回路故なのではないだろうか…。
そこまで思い至り、私は自分自身の在り方に愕然とした。

師になることと、親になることは違う。
私は学問や武術を教えることはできても、人そのものを育てることはできない。
私は人の親にはなれないのだ。

これは生物としての欠点と言ってもいい。私には何かが欠落しているのだ。多くの人格を内包してさえ、埋めることのできない虚な穴が、私の中にはあるのだ…。

この人の目に私と銀時がどのように映っているのか聞いてみたい、と思った。
とうとう最後まで問うことはできなかったけれど…。



その晩、皆が寝静まった真夜中、私は自分の隣に敷かれた布団に眠る幼な子に思い切って訊ねてみた。

「銀時はお父さんが欲しいですか?」

すると銀時は、

「親とかよくわかんねぇよ。それに松陽は松陽だろ?オレの親にはなれねーよ」

欲しいとも思わねーし、と締めくくり、もぞもぞと私に背を向けて眠りについてしまった。
この年頃なら親が恋しいだろうに、銀時はもはや誰かに頼るということ自体を止めてしまったのだろう。
戦野では誰も子供になど見向きもしない。そもそも物言わぬ屍ばかりが転がる場所だ。一体この年まで銀時はどのようにして生きてきたのだろう…。
飢えても死なない私と違って、生きる為に必死で戦ったはずだ。

私は銀時にそれまでどのように生きてきたのか具体的に聞いたことはなかった。自分も似たり寄ったりな幼少期を送っていたため、確認することすら頭から抜け落ちていた。

「まぁ確かに、親はなくとも子は育つ…と言いますしね…」

銀時にならい、私も布団を目深に被り直すと横を向いて眠る態勢に入った。だが態勢を整えただけで、瞳はずっと暗闇の中に薄ぼんやりと見える銀時の小さな背中を見つめていた。


なぜ私が銀時と上手くやっていけているのかが分かったような気がする。
銀時は私に決して「親」を求めない。

だが私は、銀時には限りある生を幸福に生きてもらいたい…そう思っている。
あの子に与えてやれなかった分も、銀時には幸せになってもらいたい…と思っている。

この気持ちが何なのか、私には分からない。
もしかしたら、あの子を置いてきたことに対する独りよがりな贖罪なのかもしれない。
あるいは銀時と共に過ごすうちに、私の中になにか変化があったのかもしれない。

だとしたら後にも先にも、私を救ってくれる人間は、この子しかいないのだろう…。寝息に合わせ小さく上下する布団を見つめながら、漠然とそう思った。


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