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「白昼夢」

銀時との旅が楽しくて、朧を置いてきたことを後悔する松陽先生のお話。







(旅を始める前は…こんなに楽しくなるなんて思いもしなかった)

夏の暑さをものともせず、幼子が元気に自分の目の前を駆けてゆく。
まだ早い時間だというのに、夏の空にはしっかりと入道雲が出来上がっている。
今日も暑くなりそうだ…。



出奔直後はこんなに本格的な旅などするつもりはなく、素性を隠し転々と居場所を変えながら西へ西へと移動を繰り返し生きていた。
そんな生活を一年ほど続け、慎ましやかな世間の暮らしにも慣れてきた頃、なんの因果か運命か、身を寄せていた古寺近くの戦場跡で銀時と出会った。
身寄りのない「子鬼」を引き取ったことで周囲から注目を浴びることは予想の範囲内。子連れで身を隠しながら今までのように生きていくのは無理だと感じ、旅に出ることにしたのだが…。

いま思うのはあの子のことだ。

(なぜあのときの私は、あの子を連れてこなかったのだろう…)

出奔前、素直に事情を話し声を掛けていれば、私に懐いていたあの子のことだ、きっとついてきただろう。
だが出奔前の私が予想した未来は輝かしいものなどではなく、犯罪者の逃亡生活のような薄暗いものだった。それでもいいと思えたのは、出奔が計画的なものではなく衝動的なものだったからだ。
もちろん奈落を離れることは前々から考えてはいたが、行動を起こすことはためらわれた。私の内側はあの頃まだ不安定で、私が「私」でいられる間に速やかに事を起こす必要があり、それはリスクを伴うもので実行に移すほど現実的なものではなかったからだ。

それがあの子と出会ったことで大きく流れを変えることとなった。

最後に触れた、その心根のように柔らかにたゆたう銀灰色の髪の質感が右手に蘇ってくる。

(とても小さな頭をしていた…)

小さく頼りなく幼いその生き物は、どんな時でも自分を真っ直ぐに見つめていた。
奈落を出奔した自分を真っ先に追いかけ見つけたあの子に、森の中で語ってきかせた夢は嘘ではない。

『今は私と君、二人だけですが、いずれこの松の下にたくさんの仲間が…たくさんの弟弟子が集まってくれるといいですね』

なのに私は、まだ見ぬ弟弟子を楽しみだと言ってくれたあの子を、置き去りにして逃げてきた…。その死を弔うこともせず。
最期に見たのは岩と共に消えゆくあの子の姿。

あの時の私にできた最大の良心が産んだ悲劇だった。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


寺の小僧というには余りにも可愛らしい少年が、古寺の廊下で雑巾がけをしている。それを横目に松陽は、少年が雑巾がけを済ませた縁側で淹れたてのお茶を啜っていた。

この二人、実は世間に顔を出せない職業に従事していた人間である。
そして今はお尋ね者に片足を突っ込んだ立場で、居場所を転々と替えながら生活していた。

「朧は本当に義理堅い性格してますよね」

半ば呆れを含んだ声音で松陽は、趣もへったくれもない正真正銘の「古寺」の廊下を懸命に雑巾がけする少年に声をかけた。
掃除のために捲り上げた着物の裾から覗く、すらりと伸びた少年らしいみずみずしい脚を眩しく眺めながら、松陽の言葉はなおも続く。

「住職もいない放置された寺を間借りしているだけだというのに、そこまで真剣に毎日掃除しますか?損な性格してますよね、朧って」

松陽の言葉に、朧と呼ばれた幸薄そうな少年は雑巾がけの脚を止めず、廊下の中頃を走りながら返事を返した。

「この寺に世話になっていることに変わりはありません。出来るだけのことはしておきたいんです。…先生の分も」

最後の言葉に、さすがの松陽も口を閉じるより他ない。「そんなだから私と一緒にお尋ね者になっちゃうんですよ」という言葉は胸に仕舞い、お茶を飲み干した松陽は立ち上がると一つ伸びをし、外出を告げた。

「ちょっと鬼に会ってきますね」

残された朧は目を瞬かせるばかりだ…。




近所の人々から「鬼」と呼ばれていたのは、ふわふわとした特徴的な銀色の髪を持つ幼子であった。
思いがけぬ「子鬼」との出会いは、新たな旅の仲間との出会いでもあった。子鬼に刀の使い方を教えてやると約束してしまったのだ。置いて行くわけにはいくまい。子鬼を背負いながら、朧が待つ古寺への道を引き返す。

(朧に怒られそうですねぇ…)

そんなことを考えながら歩いていると、「噂をすれば影が差す」とばかりに当の朧が突然現れ「連れてくんですか…」と非難じみた声をかけてきたではないか。

「お掃除、終わったんですか?」
「いきなり先生が『鬼に会いに行く』なんていって居なくなるから、慌てて探し回ったんです!」

朧の機嫌をとるようにニコニコと愛想よく話しかけたつもりだったのだが、逆効果だったらしい。奈落を抜けて二人で暮らすようになってから分かったのだが、意外と朧は口うるさい。
あなたって、そんな子でしたっけ??

自分と同じ「子供」の登場に子鬼の方も不満気な顔を見せている。

「仲良くしてくださいね」と二人に笑いかければ、視線のみで無言の拒絶を返された。

子供にも子供の世界があり、子供ながらに譲れないものやプライドというものがあるらしい。
弟弟子を楽しみだといっていた朧だが、さすがに逃亡生活の最中ではそうも言っていられないようだ。




出会いこそあまり良いものではなかった二人だが、共に過ごすうちに折り合いがついてきたらしい。いまでは銀時が私の事を「松陽」と呼べば、朧がすかさず「先生と呼べ」と突っ込みを入れるのが恒例になっている。
同じ銀色の髪を持つ二人は、ともすれば年の離れた兄弟に見られることもあったが、朧が私を「先生」と呼び、銀時が私を「松陽」と呼ぶため、私の立ち位置は誰と会ってもいつも微妙だった。

「ご家族ではないのですか??」
「えぇ…まぁ、なんといいますか…はい」

愛想笑と曖昧な返事が上手くなったような気がする…。

そんなこんなで西を目指す私たちは、夏の日差しにもめげず今日も歩みを進めている。

「あ、茶屋!松陽、茶屋あった!!休憩しよう、休憩っ」
「おまえはただ団子が食いたいだけだろう…。さっきの団子屋から一時間も経っていないぞ、銀時」
「いいじゃん、朧にはカンケーねーよ。決めるのは松陽だろ」
「先生と呼べと何度言ったら…はぁ」

決定権は私にあるといったはずの銀時は、しかし、既に私と朧をおいて峠のオアシスへと元気に駆け出している。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


「おい、どうしたんだよ松陽。ぼーっとして」
「え、あ…いえ、なんでも…」
「大丈夫か?熱中症とかじゃねぇだろうな」
「違いますよ。ただ、なにか夢を見ていたような…」

無意識に歩みだけは進めていたのか、直前に見ていた空の景色と今の空が変わってしまっている。今は昼頃だろうか。まだ涼しい時間に出立したことを考えれば3時間ほど夢遊病者のように歩いていたことになる。
天中に座した真夏の太陽が、管笠ごしにも私の脳天を容赦なくジリジリ焼いてくる。

「白昼夢ってやつ?頭に熱がこもりすぎたんじゃね?近くの茶屋で休んでこーぜ」
「そうですね…少し休んだ方がよさそうです」

私の言葉に、まだまだ元気いっぱいといった様子の銀時が、道の先にある茶屋を求めて駆けてゆく。あの様子では昼飯代わりに団子で腹を膨らませそうだ。

「いい加減、路銀が団子代でなくなりそうな気がしてきました…」

苦笑いして呟く私。
その時、私の横を誰かが通り過ぎて行くようにスゥ…と風が通った。

『まったく、しょうがないやつだな…。先生、行きましょう』

聞こえた声は記憶にあるあの子の声よりも少しばかり落ち着いた子供の声で…



あぁ…なぜ私はあの子を置いて行ってしまったのだろうか。
きっと誰よりも、私と共にいたいと、望んでくれていた子だったのに…。

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