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「幽鬼」
「鬼が出るのですか…」松陽が逗留した村で鬼退治を依頼されるお話。





「幽鬼が出るのですか…」

いつも食事を届けてくれている大きな茅葺屋根の家に住むご婦人の言葉を繰り返すように、松陽はそう口を開いた。
「幽鬼」といえば死者の霊魂のことである。

「しかし、この辺りで幽霊が出そうな場所など、皆目見当もつかないのですが…」
「それがね先生、先生たちが里に来る前の秋の終わりごろに、ここから一里ほど離れたところで戦があったのよ」

里では裕福な部類に入る家の農家の妻である彼女は、色艶の良いふくよかな頬が印象的な中年の女性だ。いつも明るく面倒見が良く、松陽たちが冬に里にやってきたとき真っ先に声をかけ寺へ案内してくれた人物でもある。

『丁度お寺のご住職が亡くなられて困っていたのよ。冬の間、この里に逗留するのならお寺を任せられないかしら?』

その時、確かに彼女は私の腰に差された刀を見て『お侍さん』といった。
今にして思えば、なるほど…である。
お侍さんを里に引き留めたのは、何も親切心だけではなかったというわけだ。

「なんとかならないかしらねぇ?その刀で…えい!と」

幼い銀時を連れ、冬の旅路を行くのは酷だ。そう判断した松陽は、出来るだけ開けた盆地で、かつ、裕福そうな村を探した。その結果いきついたのが今いる里だった。
田畑が一面に広がり、人家が多く集まってできているこの里は、肥えた土壌が豊かな実りを人々に与え、小さな里にしては開放的で居心地の良い場所だった。
当初は雪の降り積もる間だけ逗留するはずだったのだが、雪が解けた今でも寺の管理をしつつ、里の子供たちに亡くなった住職の代わりに読み書きを教える日々が続いていた。

「そうですねぇ…。みなさんにはお世話になっていますし、お困りというのであれば、出来るだけのことはやってみますが…」
「ありがとう先生!やっぱりお侍さんは頼りになるわ~」
「あまり期待はしないでくださいね…本職じゃありませんから」

ははは…と苦笑い気味に返した松陽の言葉が、果たして彼女の耳に届いていたかどうか…。
里の小山に建てられた寺の門扉の前での、何気ない立ち話のつもりだったのだが、ご婦人は上機嫌で里へと続く石造りの階段を降りていった。
とはいえ彼女には食事の世話をしてもらっているという恩もある。

(どうしたものか…)

自慢ではないが、生まれてこの方、幽霊退治などとは、とんと縁がない松陽である。腕を組み、「うーーーーーん」と唸っていると、背後から幼子が声をかけてきた。どうやら境内の掃除の最中だったらしい。小さい体に似合わぬ竹箒片手の姿であった。

「今度は幽霊退治かよ。あんたホント何でも引き受けるよな…」
「それを言われると辛いところです」

実はこの寺に来てから松陽は子供たちの面倒を見るだけでなく、今は亡き住職の代わりに死者を弔いお経をあげたり、朝晩ご本尊へお経を唱えたり…と、まるで坊主代わりのような状態なのである。もちろん、境内にあるお墓の管理もしていたりする。

「この上、幽霊退治まで始めたら、あんた本格的にココの住職決定だぜ」
「分かってはいるんですよ?でも三食昼寝付きで、タダで屋根付きの温かい家に住めてこの冬を無事乗り越えられたのは、ひとえにこのお寺の檀家の方たちのご厚意があったればこそです」

それを思うと…、と苦悩する松陽に、銀時は「オレは付き合わねーからな」と冷たい言葉を投げつけてくる。
しかしこれまでの付き合いから、銀時がなんだかんだ言いつつ手伝ってくれることを知っている松陽は気楽に構えていたのだった。

その時がくるまでは…。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


「幽鬼というからには夜に活動しているのでしょう。ということで、私は今夜にでも戦場跡へ行ってみようと思いますが…銀時はどうします?」

銀時に会いに行った時と同じ要領で、松陽は気楽に考えていた。
とはいえ、さすがに真夜中に寺に一人で幼子を置いて行くのには気が引ける。ということで銀時へ確認のため声をかけてみたのだが、案の定「一緒に行く」との答えが返ってきた。
曰く「戦場跡地なら、松陽よりオレの方が詳しいしな」とのことである。

「ありがとうございます。その言葉を待っていましたよ」
「チッ」

最近ますますふてぶてしくなった銀時は舌打ちというものを覚えたらしい。里の子供たちと交わるうちに語彙も増え、表情も態度も豊かになった。
そんな幼子と真夜中のそぞろ歩きである。松陽は俄然楽しくなってきた。

楽しくなってきたはずだったのだが…。
月夜の晩、小山の山頂にある寺の門前から里へと伸びる石階段を降り切ったところで人影を見つけてしまった。しかもその人影には見覚えがあるのである。

「なんかアレ…ヤバくないか」

里中の者が寝静まった月夜の晩、子の刻(24時)。足取りこそしっかりしているが、精気を感じさせない虚ろさで道を歩いていたのは、件のご婦人の家の養い子であった。

「どこにいくのでしょうね、こんな時間に」
「オレ、ああいうやつ、前に見たことある…」

幼い顔に厳しい表情を浮かべた銀時の様子に、松陽はなんとなく『幽鬼』の正体が見えてきたような気がした。

「ついて行ってみましょうか」

それ以降、銀時が口を開くことはなく、松陽もなんとなく話しかける雰囲気ではないことを察し、一間(二メートル)ほど先を歩く少年の背を見つめながら黙っていた。

(まさかとは思いますが…)

一里(約三キロ)先といえば子供の足では半刻(一時間)以上かかる。しかも行った以上、帰ってこなければならない。
雪解けは迎えたとはいえ、まだ桜の蕾さえ来ていない真夜中の冷え込みは身に染みる。銀時に厚着をさせておいて良かった…と思いつつ、予感が外れることを願わずにはいられない松陽である。

(こんな季節に寝巻一枚で歩き回るなんて信じられない。こんなこと早々にやめさせなければ…)





松陽の記憶が正しければ、ご婦人の家の養い子は今年で八つになる戦争孤児である。遠方に住んでいたご婦人の妹夫婦の遺児だそうで、自分の子供とわけ隔てなく甲斐甲斐しく世話をする姿を、松陽はよく目にしていた。かくいう松陽自身も、ご婦人に世話を焼かれていたのだが…。

戦で両親を亡くしたのは五つの時だときいている。であるならば、今更、戦場跡などに用もないはずである。
首を捻り思案する松陽の横で、同じく戦争孤児であろう銀時は相変わらず厳しい顔を崩さない。やがて松陽の悪い予感は当たり、一時間以上歩かされた挙句、いつぞや銀時を拾った戦場跡のような場所に辿り着いてしまった。

「何をするんでしょうね…こんな場所で」
「こんな場所だからだ…」

いつしか銀時の厳しい表情はなりを潜め、複雑な心境をうかがわせる表情へと変っていた。

(こんな表情もできるようになったんですねぇ…)

幼子の成長に歓心する一方で、気になるのはご婦人の養い子のことだ。
戦があったのは去年の秋の終わりと聞いていたが、なるほど。一冬を雪の下で過ごした戦場跡は保存状態も良かったのだろう。何ヶ月も経っているというのに死体には肉片が多く残り、また、比較的裕福な農家が多いことから目立った遺品の盗難も見受けられない。甲冑に身を包み、刀を片手に倒れている者もいる。
それに戦の規模に比して遺体の数も少ないように思える。

「誰かが遺体の供養でもしていたんでしょうか。あなたがいた戦場跡とは趣きが随分と違いますね」
「そうでもねぇよ…。ああいうヤツは、オレの居た戦野にもいた」

銀時が真っ直ぐに見つめる先には件の少年。
少年は一人黙々と月明かりの中、死体をあさっていた。

「まさか…物盗り目的ですか!?」
「ちげぇよ。探してるんだ…自分の親を」

戦野に現れるのはなにも物盗りだけじゃない…と銀時はいった。家族の遺体を探しに来る者の姿も、銀時は見たことがあるのだそうだ。
だとしたら一体どんな気持ちだったのだろう。
身寄りもなく一人孤独に死体の所持品を盗みながら生きている自分と、死して尚その死を嘆き悲しむ家族がいる死体。あらゆる意味で対極に位置する人間を前にして、銀時は何を思ったのだろうか。

一心に少年を見つめる銀時から視線を外し、少年へと視線を移す。精気のない姿のまま、少年は黙々と探し人を求め、死体の顔を確認して回っていた。
その姿に松陽は、岩の下敷きになったまま置き去りにしてきた、あの子のことを思い出した。

あの時、自分はあの子を置き去りにして立ち去ることしかできなかったけれど、もし可能であったのならば、自分もこの少年のようにその遺体を探し求め、岩を押しのけてでもあの子を見つけていただろう。

(あの子の遺体はあの後、一体どうなったのだろう…)

奈落と共に岩の下に沈んでいる以上、裏切り者とは思われないはずだ。しかし奈落が任務中に死んだ同胞を回収するのを自分は見たことがないような気がする。
だとしたら、あの子はあのまま、岩の下で朽ち果てたのだろうか…。

あれから二年以上の時が流れた。岩の下であの子は、誰に弔われることもなくひっそりと土に還っていったのだ…。

少年の戦場跡での人探しは夜通し続き、やがて明け方近くになって何かに呼び寄せられるように立ち上がると、来た道を一人静かに引き返していった。終始、精気のない状態ではあったが、足取りはしっかりしており、それがかえって松陽の不安を強くした。

(こんな事を毎晩続けていたら、あの子の身体が持たないのではないだろうか)

戦場跡に現れる幽鬼の正体が白い寝巻をまとった少年であることが分かり、松陽はご婦人にどのように事態を説明すべきか、丸一日、思い悩んだ。


あの子の親は供養されていないのだろう。恐らくは戦場に放置されたままなのだ。だからあの子は親を戦場に探しにいっている。
きっと自分も追手さえ迫っていなければ、どれだけの時がかかろうと、あの子を見つけ出し弔っていた。

置いてきたあの子のことが忘れられないのは、交わした約束のこともあるが、なによりその死を弔えなかったことにあるのかもしれない。
人の死を、初めて「重い」と感じた瞬間だった。

人の命とは重いものなのだ…。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


中身のない形ばかりの墓だとしても、少年は松陽がお経を上げている間、一心に手を合わせ真新しい墓を拝んでいた。

あの後、丸一日を費やし考えた結果、ありのままをご婦人に話すことにした松陽だ。
その話を聞きご婦人は「私も妹たちを弔ってやれなかったこと、ずっと気にしてたのよ…」と語った。幽鬼が出ると噂になったのは戦が終わって直ぐのことだったらしい。しかし雪が降り積もる冬を挟み、再び現れるようになったのだという。

「あの子も子供心にずっと気にしてたのね」
「本人に自覚もないようですし夢遊病というやつでしょう。心残りがなくなれば治まると思うのですが…」

とはいえ何年も前の戦場に放置された遺体など、今更見つけられるわけもない。

「形だけでもお墓を作って差し上げてはどうでしょう?」
「そうね…。あの子も目の前に参るお墓があれば、気持ちが楽になるかもしれない」

里にある各家伝来の墓に比べれば粗末なものだが、子供の背丈ほどある石を墓標代わりに名を刻み少年の両親の墓とした。
家に引き取られたばかりの頃は、夜泣きが酷く手のかかる子供だったという少年の背中を見つめながら、松陽はその心の傷を慮った。
だが同時に自分の隣に無言で控え、事の成り行きを静かに見守っている幼子の現状を改めて理解し苦悩する。

銀時を引き取り連れ帰ったあの日から、銀時は一度たりとも夜泣きもしなければ、悪夢にうなされることも、ましてや誰かを探し求めるような素振りも見せなかった。そういう意味では手のかからない養い子であった。強い子だと思っていた。

だが違ったのだ。

(銀時は強かったわけではない…)

あの時の銀時は「人」ではなかったのだ。
今でこそ自分の置かれていた状況が異常だと理解できているようだが、あの頃の銀時の状態ではそもそも「心の傷」にも「トラウマ」にもなりようがなかったのだ。
それほどまでに「人」から乖離した世界で銀時は一人生きていた。

だが今は違う。

松陽は今回のことで、この里にこれ以上留まることが、自分や銀時にとって良いことのようには思えなくなった。
線香をあげ終え、一通りの墓参りを済ませたご婦人と少年を見送りながら、松陽は銀時に口を開いた。

「まだ朝晩の冷え込みは厳しいですが、そろそろ行きましょうか…」
「いいのかよ。せっかく馴染んできたのに」

銀時はなんでもない事のように、頭の後ろで腕を組みながら眠そうな瞳で訊ねてくる。

「もっと西に行きたいんです、私はね」

そもそも、この里には冬を越すために逗留していただけですから、と続けると銀時は少し意外そうな顔をした。

「なんだ、そうなのか。あーあー、出てくんなら寺の掃除、手ぇ抜いとくんだった。真面目にやって損したぜ」
「もしかして期待させちゃいましたか?ふふ…すいません」


そして里に桜の蕾がつく前に、二人は惜しまれつつ里を旅立ったのだった。


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