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「人のやさしさ」
旅の最中、食糧難に陥り、食べ物を食べる必要性もないことから手持ちの食料を銀時に与え続ける松陽のお話。






夕暮れ時、空を見上げる。
どうやら今日も野宿になりそうだ…。

事の発端は西へと向かう道中、人目を避けるため山道に入ったことにある。
どういうわけかそれまで人もまばらだった西へ向かう細道に、人が溢れだしたのである。

「なにかお祭りでもあるんでしょうかね…」

道行く人は奇妙なことに、みな示し合わせたかのように同じ方向へ楽し気に歩いてゆく。
はてさて、一体どうしたものか…。
自分の隣にいる幼子も戸惑ったように道行く人を眺めている。

「山道になりますが、人の少ない道をいきますか?」

私の言葉に、珍しく銀時は素直にコクリ…と頷いた。
大挙して同じ方向へ向かう人の群れが余程恐ろしかったのだろう。実際、私もその光景に異様なものを感じ、立ち止まったほどだ。

そんなわけで細道から街道へ出る事を諦め、人目を忍ぶ者らしく、久方ぶりに裏道を通り、山越えをして西へ行くことにしたのだが…。その山越えがまずかった。
なんと私たちは山に入ってから、かれこれ二日ばかり迷い続けているのだ。

いや、正確には迷っているわけではない。確かに西へ向かっているはずなのである。しかしどうしたことか、山道はいつしか山道ではなくなり、まるで迷宮の様相を呈してきたのである。



初日の頃、私は暢気に構えていた。
なぜなら、銀時と旅を始めた最初の頃の失敗を踏まえ、私は子供の足でもついてこれる程度の速度で歩いていたからである。大人の足なら半日かかる山越えも、子供の足では一日かかるのもやむを得まい。なにより銀時は幼児である。これ以上は銀時の負担にしかならず、この先に続く長い長い旅路を思えば無理をさせるわけにはいかなかった。
それになにより私自身も初めて見る類の山の光景に、本当に旅をしているような気がしてきたのだ。

それは逃避行ではなく、本当の「旅」だ。
見知らぬ土地へいき、驚きと発見を体験する…そんな旅。

この山は私が知るどんな山とも違っていた。というより、私たちは山に入ったつもりで、実は今現在、深い森の中にいるのだ。だから山にしては平坦で、湖などもある。
生えている樹も普通の山とは違い、ツガやヒノキを中心にハリモミ、ヒメコマツ、アカマツなどの針葉樹やミズナラなどの広葉樹の混合林である。
そして何よりこの場所は、昼間でもうっそうと茂るそれら原始林のために薄暗く光が差さないのである。挙句の果てに、時たま歩いていると樹で首をくくった人間や、行き倒れのように落ち葉に埋もれている人間に出会う。
当然のことながらそれらの人々は、みな死んでいる。

要するに、とんでもない森に私たち二人は迷い込んでしまったという事なのである。

それに気づいたのは森に入って二日目の夕方。つまり今である。

「なぁ松陽。オレ、山に入るの初めてなんだけど、山ってこんな感じなのか?」

森の中で二日連続の野宿が決定し、私たちは大きな石を風よけにして焚火をしながら、言葉少なに燃える炎を見つめていた。そんな時に、銀時から上がったのがこの言葉である。私は一つ息を吐き、神妙な面持ちで銀時へと顔を向けた。

初めて足を踏み入れた山に初日の頃、銀時は物珍しさから酷く楽しげだった。
見たことのない大きな樹に立ち止まり、あんぐりと口を開け天を見上げ、その大きさに驚いていた。
地面から大きく剥き出しになった木の根の上によじ登り喜んでいた。
そして時たま遭遇する死体に、目をぱちくりさせていた。

そんな銀時に『戦場以外でも、人は亡くなるものなのですよ』と優しく声をかけ、二人そろって亡くなった人に手を合わせたあの時が懐かしい。
私たちは今、富士山の麓にある、青木ヶ原樹海を彷徨っているのだ…。

「銀時、落ち着いて聞いてください。
私たちは当初、間違いなく山に入りました。しかし山と森が地続きになっていて、いつの間にか樹海に迷い込んでしまっていたのです」

私の言葉に銀時は「迷子なの?樹海って何…」と端的な質問を返してきた。
さすがは銀時である。普通の大人なら「樹海」ときいて絶望するだろう。なぜなら「樹海」とは、一度足を踏み入れれば方向を見失い、抜け出すことができないとされている場所なのである!

360度どこを見ても木しかなく、特徴のない似たような風景が続いており、昼間でも薄暗い。加えて足場が悪くまっすぐ進めないため方向を見失いがちになる。
いまの私たちのように!

今日一日歩いて、実際、どの程度進んだのか私にもまったく分からない。

「オレたち、あそこで野たれ死んでるオッサンみたいに死んじまうの…?」

銀時が指し示す方向には、大きな木の根の影に一人の人が力なく横たわっている。自分たちと同じ旅装束に身を包む彼は、きっと富士山見物に来た人間なのだろう。
そうなのだ。私たちが異様に思った人混みは富士山見物のため、富士街道を目指し方々から集まってきた人々だったのだ。

しばしの沈黙が続いた後、私は最後の食料を銀時へ差し出した。

「とにかく食べなさい」

山に入るとき持っていた握り飯は六つ。銀時と私の一日分の食料だ。私は初日の昼を最後に食事に手を付けてはいなかった。銀時を連れて一日で山を抜けることが困難であることを確信したからである。
山の中ならば動物がいる。いざとなれば動物を狩り食べることもできる。
しかしここは山ではなく森でもなく、樹海である。ここに入ってから私たちは自分たち以外の生きた生き物を見たことがなかった。

私が差し出した握り飯に、銀時は、

「なぁ…松陽は食べねぇの?オレよりアンタの方が身体デカイし必要なんじゃねーの?」

その言葉に私は笑顔で「大丈夫ですよ。お腹減ってませんから」と答えた。
今日の銀時は朝一度、握り飯を食べたきりで夜を迎えていた。昼飯がないなど今まででは考えられない状況だ。いよいよ銀時も自分たちが危機的状況であることをさっしたのだろう。
しかし実際に危機的状況なのは「私たち」ではなく銀時だけなのだが、そんなことを銀時が知るわけもない。

(私は餓死しても生き返りますから大丈夫ですよ…、なんていうわけにもいきませんし。困りましたねぇ)

ここだけの話、私は今までの人生で何度も「餓死」を経験してきている。そしてその度、生き返っているのだ。つまり、私にとって食事とは必要不可欠なものではなく、死にたくないから食べているだけなのである。
餓死は正直、つらいのだ…。

「銀時、お願いですから食べてください、ね?」

銀時のお腹が減っていることは間違いない。しかし銀時も頑として折れない。

「オレは数日なら食わなくても平気だぜ?」
「…銀時」

銀時の言葉に、遠い昔の子供だった日の自分が重なる。
あの頃、この国は大飢饉に見舞われ、飢えや疫病の蔓延で多くの人間が命を落とした。
不死の身体を持つ私だとて決して他人事ではなく、道端に倒れる人々の屍を視界の端に映しながら、空腹でふらつく身体を必死に動かし食べ物を探し求めたのだ。
都や大きな街では食料が手に入らないと判断した私は、田舎へ移動することを決めた。農作物を作っている場所なら、あるいは…と思ったのだ。道すがら、私は何度も餓死を繰り返し、飢えと渇きに苦しみ、時には野山で見つけた動物の死骸を食い漁った。
本当に腹が減ると一里先の食べ物の臭いすら分かるようになる。

あの時の「私」は人であって人ではなかった。
だがあのとき、「私」意外の人もまた、人ではなかったのだ。

小さな腐った里芋のかけらを奪い合い、殺しあう人を見た。
親が子を殺して食うのも見た。
私自身も、ようやく手に入れたわずかばかりの食料を狙われ殺されたことも、一度や二度ではなかった。

私ではなく「私」の持っていた、そんな恐怖の記憶。
人とは恐ろしいものなのだと、私に刻み付けた恐怖の記憶。

動かない足を引きずりながら歩いていたあの時の「私」の感覚が蘇りゾクリ…と一瞬身を竦ませる。
そんな私を銀時はどう思ったのだろう。
おもむろに私の手から握り飯を取り…

(あぁ…たべてしまう…さいごの、僕の…おにぎ…)

耳に木霊するのは子供の頃の私の声。
しかしその声を遮るように、耳に聞こえる子供の声よりも、さらに幼い声音が、

「はんぶん!オレも半分食うから、松陽も半分食え!」

突き出すように小さな手に納められた握り飯の片割れをみて驚きに固まる私。

「はんぶん…くれるんですか…?」
「早く食え!」

見れば銀時は勢いよく握り飯を頬張り始めている。よほどお腹がすいていたのだろう。なのに私に別けてくれた…。

「ありがとう…。ありがとう、銀時っ」

初めて人に別けてもらった握り飯は、今まで食べたどんな握り飯よりしょっぱかった。

「この握り飯…、すごく、塩が…きいてますね…」
「それ塩じゃなくて、松陽の鼻水な」

涙はこらえたはずなのに、なぜか鼻水だけが止まらなくて、私は銀時に呆れられながら握り飯を頬張った。
きっとこの握り飯の味は、一生忘れないだろう…。


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