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扉間が風邪をひくお話。
扉間が風邪をひいた。
本人曰く風邪をひいたのは5年ぶりとのこと…。
僕は一つ溜息をつき、この後起こるであろう騒動を思い溜息をついた。
(ロクでもないことになりそう…)
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
【扉間の発病】
風邪の症状は人それぞれだが、風邪の進行状態はみんな似たようなものだ。
ウイルスの侵入。
ウイルスの増殖。
そして喉や鼻の粘膜でのウイルスの増殖。
やがて喉や鼻が炎症を起こし、患部に不快感などの症状が出はじめる。
さらに進行すると、くしゃみや鼻水、喉の痛み、発熱などが起こる。
その後、回復期に向かうが、炎症により破壊された気道の組織が修復するまでの期間、咳や痰などの症状が残る。
まぁ、ザッといってしまえばこんな感じだ。
そして扉間は今回、くしゃみ、鼻水、発熱の症状が出た段階で戦線離脱した。
かみすぎた鼻は赤くなり、周囲へのウイルス拡散を恐れはめられた白いマスクが、発熱により赤くなった扉間の顔をより一層赤く見せている。
「どうやらここまでのようだ。無念でたまらないが、寒気が止まらなくなってきた…。悪化する前に治したい。今日のところは帰らせてもらう」
炎症のため掠れ出したらしい喉から出てきた言葉は弱気でありながらも前向きなもので、僕はその言葉に、素直に「お大事に」といって扉間を見送ったのだった。
その背中は絶えず感じている寒気のせいか、小さく丸められ実に頼りない。
「たぶんアレは一週間は寝込むコースだね」
僕の言葉に火影室に残っている兄さんと柱間さんは「そうかもな」と頷いた。
そして翌日、案の定、扉間は職場に顔を出さず、柱間さんが困ったように頭を掻きながら謝罪の言葉を述べたのだった。
「すまん…あれはしばらく寝込みそうぞ。昨日の夜、一気に熱が上がってからは夢現つをさまようような状態でな。俺も心配ぞ…」
柱間さんの言葉に兄さんは「ならお前の力で治してやれよ。俺たちだけで仕事が回るわけねぇだろ」と突っ込みを入れたが、それは叶わぬことだった。柱間さんは確かに素晴らしい治癒能力を持っているが、あくまでそれは損傷箇所を修復する力であって体内に入ったウイルスの駆逐ができるわけではないのだ。
つまり管轄違いというやつだ。
体内に入ったウイルスについては、本人の免疫力で駆逐するより他ない。
扉間とは普段衝突が絶えない兄さんだが、どうやら扉間の事務処理能力だけは高く評価していたらしい。
「ヤツが居るとの居ないのとでは全く違う。こんな事ならお前が風邪を引けばよかったのに…チッ」
「それはないのぞーー!ひどい!マダラはひどいのぞ!」
「うるせぇ!」
そんなこんなで兄さんと柱間さんは通常運転でイチャつきはじめ、止める者のない執務室はしばしの間、居心地の悪い空間となっなのだった。
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
【扉間の病欠二日目】
相変わらず扉間は夢現つをさまよっているらしい。
普段風邪をひかない人間ほどたまに風邪をひくと長引くというが、それは本当のことだ。
人間は風邪というものを通して自らの免疫機能を最新の状態にしている。定期的にデータ更新されている身体と、5年間データ更新されていない身体とでは免疫機能のレベルが違う。
つい先日、流行の風邪を患い免疫を持っている僕は、寝込んでいる扉間のことを思い溜息をついた。
(あまり症状が重すぎて遺書とか書き出さなきゃいいけど…)
生真面目なあの男のことだ、自らの症状が重すぎることを変な方向に勘繰り、遺書など書きかねない。
もっともその遺書の内容も、終始、真面目な内容になるのだろうが…。
一瞬想像した扉間の遺書の内容が思いの外ツボに入りクスクス笑っていると、兄さんに心配されてしまった。
「急に笑い出すから驚いたぞ…」
「ごめんごめん。でもさぁ、遺書でまで仕事の采配されたら泣くに泣けないよねって思ってさ〜」
「まぁアイツならやりかねないな…」
「でしょ!」
この後、兄さんと二人で扉間の書きそうな遺書の内容を予想して笑いあっていたのだが、翌日、本当に扉間が遺書を書くと言いだし、柱間さんは必死でそれを止めたのだそうだ。
「単なる風邪ぞぉ?弱気になりすぎぞーー」
「動けるうちに書きておきたいのだ!!」
「もう止めるのぞ!!」
この一悶着で再び扉間は熱が上がったらしい。
一度は布団の上で起き上がれるまでになったというのに、最初に言った言葉が「兄者、仕事を持ってきてくれ。ここでやる」で、仕事を止められると次は「なら今のうちに遺書を書いておく」と言いだしたのだとか。
「扉間がそこまで面白いヤツだとは思わなかったな〜」
三時のおやつに出された煎餅を齧りながら笑う僕に、柱間さんは首を振りつつ、「5年ぶりの風邪で弱気になっておるんぞ〜。手が付けられん」と溜息をついた。
でもそんなに面白いなら、一度、そんな扉間を見に行くのも面白いかもしれない。
僕は翌日見舞いに行く約束を柱間さんに取り付け、上機嫌で残りの仕事をこなしたのだった。
明日が楽しみで仕方ない。
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
【扉間の病欠4日目】
本部棟のほど近くに建てられた火影邸がにわかに活気付いていた。
何事かと顔を出してみれば、何のことはない。病人の扉間が赤い顔をして騒いでいるのだった。
「随分元気そうだね。何してんの?」
僕の声に、それまで扉間を押しとどめていた柱間さんが振り返り泣きついてくる。どうやらこの体のまま職場復帰しようとしていたらしい。火影邸と本部棟を繋ぐ廊下の真ん中で、扉間は柱間さんに捕まり押し問答となっていたのだ。
使用人達は二人の周りでオロオロするばかりで役に立たないらしい。そもそも、この里内に、動き出した扉間を止められる人間などいないのだ。
実力的な意味でなら二人ほど存在しているが、身心ともに扉間を止められる人間はいない。
その現実に僕は、扉間が背負っている荷の重さを感じ、この生真面目すぎる不器用な男が少しばかり哀れに思えてきた。
「仕方ないなぁ…」
というわけで、僕は柱間さんに協力してやることにした。
この生真面目な男は、自分が納得できる理由がなければ、自らの歩みさえ止めることができないのだ。
(面倒くさい性格だなホント)
・:*三☆・:*三☆・:*三☆
柱間さんに頼み、まずは扉間を物理的な意味で部屋に寝かしつけた僕は、次に扉間の説得にかかることにした。
何事につけ明確かつ合理的な理由を好む男だ。それなりの語りは考えねばなるまい。
「よくもやってくれたなイズナ…」
恨めしげに布団に横たわる扉間は僕を見つめる。睨むのではなく見つめる程度で済んでいるのは、ひとえに熱のせいだろう。
本当は熱のせいで頭がクラクラして動くことも辛いのだ。それでも自分が不在の間に溜まって行く仕事が心配で、寝込み始めて4日目にして起き出してきてしまった。
(ホント、面倒くさいなぁ…)
僕の監視のもと、今は布団に横たわっている扉間だが、どうせ僕がいなくなると同じことを繰り返すのだ。
「とにかく、職場に行くのはナシだよ。ウイルス保持者が人の多い場所にいくなんて、正気の沙汰じゃない。他の人間に大量感染させるつもり?」
「まさに運び屋だね」と悪態をついてやれば「それは…」と言葉を詰まらせる。らしくもなく視野が狭くなっているのも風邪のせいなのだろうか。それとも元々こうなのか?
「君がいなくても仕事はなんとか回ってるよ。どうしても仕事がしたいってゆーなら、回すけど?」
僕の言葉に扉間は、一瞬だけだったが、失意に沈んだような顔をした。その理由には僕にも心当たりがある。
自分のポジションを誰かに奪われてしまうのではないか…という強迫観念。
僕も柱間さんに対して、そんな危機感を覚えていた時期があったから分かるのだ。きっと扉間は未だにその強迫観念から抜け出せずにいる。
でもそれは彼自身の気持ちの問題なので、あえて放って置くことにして…
「ねぇ、扉間。風邪を引くのは生きている以上、当たり前のことなんだよ?」
常日頃から体調に気を遣って、風邪を引かないようにしていても、僕たちの仕事って不規則だから十分な食事をとってなかったり、取ったとしてもバランスが悪かったり。場合によっては睡眠不足が続いてたりさ…。
そういう時って身体の免疫力も低下して、風邪を引いちゃうんだよね。
でもさ、人間の体って上手くできてて、自己免疫がウイルスと戦って勝つことによって風邪は治っていく。
だけど、こういう免疫って後天的に身につけていくものだから、結局は風邪をひかないと自己免疫が強化されないわけで…
「だから僕たちは季節に合わせて風邪をひいて、体内でデータ収集していくんだよ、生きるためにね」
だから、5年間も風邪を引かなかった君は、5年分のツケを今払ってるんだよ。そういって熱くなった額に手を乗せてやれば、扉間は納得のいかない顔をしつつも反論だけはしなかった。
「それに、今までずっと休んでなかったじゃない?いい機会だから、仕事は僕たちに任せて、君は今後のためにもゆっくり休んで、栄養のあるもの食べて、自己免疫力を強化して、英気を養っててよ。ね?」
悪戯っぽくウインクして言ってやれば、普段仕切り屋な扉間らしくもなく、「それが今のオレの仕事か?」と確認するように聞いてくる。
その姿はどこか照れたようで、「あぁ、コイツも人間なんだな〜」と思ってしまう。
思えば扉間は、初対面の時から一丁前なヤツだったから忘れがちなのだが、しょせんは次男で、なんだかんだ言いつつも柱間さんに甘やかされて育ったのだ。
だからこうやってアニキ風を吹かせて諭されたり、母親を連想させるような優しさに触れられると、幼少期に忘れてきた何かが呼び覚まされるのかもしれない。
何にせよ僕の作戦は成功した。
チョロイものだ。草不可避だ。
「そうだよ。いまの扉間の仕事は風邪を治すこと!眠るまでここに居てあげるから、もう寝な?」
「…」
返事はなかったが、扉間は素直に瞳を閉じ眠る姿勢を見せた。こういう扉間の素直な姿をみるのは初めてだが、悪くない。
(いつもこうなら可愛いのに…)
やがてすぅすぅと寝息が聞こえ始め、僕は扉間の額にあてていた手をそっと離した。すると扉間は離れて行く手を嫌がるように「んっ」と眉を顰めたが、連日の高熱で体力も限界だったのだろう。起きることはなかった。
そんな扉間が妙に可愛く思えて、僕は、かつて兄さんが僕にそうしたように扉間の額を小突いてやった。
「傀儡でさえ修理修繕のための期間があるんだ。人間にだって休みは必要だぞ。お前は頑張りすぎだ、扉間」
口調も兄さんのものを真似てみたのだが、自分で言ってて恥ずかしくなってきてしまった。
(「兄さん」ってこんな気分なのかな…)
末っ子の自分が味わうことのないソレを、ほんの少し体験できたような気がして、僕は扉間の頭を優しく撫でて、席を立った。
「扉間のやつどうだった?」
「素直で可愛かった。弟がいたら、あんな感じかな〜って」
執務室に行くと兄さんが扉間を心配して声をかけてきたのだが、僕の言葉になんとも言えない顔をした後、「あんなデカイ弟欲しくねぇよ…」といったので吹き出してしまった。
「なにそれ〜。ホント可愛かったんだってば!兄さんも一度見てきなよ」
「おいおい…おまえ趣味悪いぞ」
「そんなことないよ!ホントに可愛かったんだってばー」
その後も3日間、扉間は休み、僕の予想通り一週間で職場に帰ってきた。
「おかえりー」
「…ただいま」
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